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【論文要約】全国学力テストを教育現場に活かす新たな分析手法



はじめに

2007年に開始された全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)は、15年以上にわたり実施されてきたが、その結果を教育現場で効果的に活用できていないという課題が指摘されている。静岡大学教育学部の村山功教授の研究チームは、より実践的な分析手法を提案し、その効果を検証してきた。

従来の分析方法とその限界

多くの学校や教育委員会では、主に以下のような分析に留まっていた。

  • 平均正答率の全国平均との比較

  • 領域別の平均正答率の比較

  • 設問別正答率の分析

  • 質問紙の回答分布の比較

このような分析では、全国平均との差が大きい項目や小さい項目を抽出し、その原因や対応策を検討するに留まることが多く、具体的な教育改善につながりにくい状況だった。

新しい分析アプローチの詳細

1. PDCAサイクルに基づく分析

研究チームが提案する第一の特徴は、結果の分析から始めるのではなく、PDCAサイクルの観点から前年度の取り組みを検証することです。具体的には、

  • 前年度の取り組みを明確化

  • 予想される結果の仮説立て

  • 実際の結果との比較検証

  • 改善策の立案

2. 測定誤差を考慮した分析

例えば、令和3年度の静岡県の小学校国語では、平均正答率が64.5%で全国平均の64.7%をわずかに下回りました。しかし、このような微小な差は測定誤差の範囲内として捉えるべきであり、過度に重視する必要はない。

3. 分布を重視した分析

平均値だけでなく、成績分布全体を見ることの重要性を強調している。具体例として、

都道府県別の分析

  • 静岡県の順位:小学校国語26位、算数25位、中学校国語11位、数学5位

  • これらの順位から、小学校の結果は決して懸念すべき水準ではないことが分かる

学校内の分布分析

  • 正答数分布のグラフ化

  • 全国との差の視覚化

  • 上位層・下位層それぞれの特徴把握

4. 出題順による分析

問題の出題順と正答率の関係を分析することで、以下のような傾向が明らかになった。

  • 後半の問題で正答率が全国平均を下回る傾向

  • 無解答率が後半で増加

  • 時間配分や集中力の問題の可能性

5. 質問紙とのクロス分析

例として、朝食摂取と学力の関係分析では、

  • 朝食を毎日食べる児童が8割

  • ほぼ毎日食べる児童を含めると9割

  • 全校での朝食指導よりも、食べていない1割への個別対応の必要性が示唆される

実践からの具体的な成果

1. 浜松市での研修事例

2021年の浜松市学力向上研修では、参加教員から以下のような声が寄せられた。

  • 「これまで下位層の指導のみに注目していたが、上位層の伸び悩みという新たな課題に気づいた」

  • データの見方が変わることで、具体的な改善策が見えてきた」

  • 他校との比較を通じて、自校の特徴をより客観的に把握できた」

今後の課題と展望

1. 教員の統計リテラシー向上

研究から明らかになった課題として、

  • 仮説検証的アプローチの習得

  • 測定誤差に関する理解

  • 分布データの解釈能力

  • クロス集計結果の適切な解釈

2. デジタル時代への対応

教育のデジタル化が進む中で、

  • より多様なデータの活用

  • リアルタイムでの分析能力の必要性

  • 教員研修プログラムの開発

まとめ

全国学力テストの結果を効果的に活用するためには、単純な平均値比較を超えた、多角的で詳細な分析が必要である。この研究で提案された手法は、以下の点で重要な示唆を提供している。

  • PDCAサイクルに基づく計画的な分析

  • 測定誤差を考慮した適切な解釈

  • 分布データの活用による具体的な課題の特定

  • 多角的な分析による改善策の立案

今後は、教育のデジタル化がさらに進む中で、こうしたデータ分析スキルの重要性は一層高まることが予想される。教員養成や研修においても、データ分析の基礎的な知識やスキルの習得が重要な課題となっていくだろう。


本記事は以下の論文の内容を紹介・解説するものです:

「全国学力・学習状況調査の結果に基づく学力向上:学校や教育委員会による分析方法の提案」
著者:村山 功(静岡大学教育学部)
発行:静岡大学教育学部附属教育実践総合センター
公開日:2024-03-15
DOI: 10.14945/0002000289

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