【6限目】ブラック霞が関は飛鳥時代から?(十七条の憲法/聖徳太子)
まえおき
以前、鴨長明の『方丈記』を取り上げた。だれもがその名前は聞いたことはあるものの、その中身を良く押さえていないものを知っているということは、その理解の深浅を問わず、アドバンテージをとれるのでおススメである。そういった観点で、本日取り上げるのは、そう、『十七条の憲法』である。これまでと異なり、本を取り上げるということではないのだが、しっかり十七条を読み切ったことのある方は少ないと思うし、日本史が苦手な人でも、聖徳太子とセットで覚えている言葉ではないかと思い、今回取り扱うことにした。
十七条の憲法とは
まずは少しの前提知識から。十七条の憲法は、604年に聖徳太子が制定したとされている。現代の憲法が、国家権力の暴走を止めることを目的としているのに対し、十七条の憲法は、政治に対する役人の心構えを示したものである。
本文
それでは早速本文を見ていこう。現代の仕事論や組織論に通ずるところがあり、サラリーマンの同志諸君が仕事の局面で使えることも多いのではないかと思う。紙幅の都合上、全てを取り上げることはせず、個人的に興味深く感じたものを取り上げる。
十七条すべてを読んだことはなくても、この一条は知っているという方もいるであろう。組織で仕事をする上で、チームワークは重要であることは言わずもがなであり、チームワークが求められる局面でこれを引用することで、その説得力を増すことができる。
会社に置き換えれば、詔(=天皇の命令)は、社長(または上司)の命令と置き換えられるだろうか。コンプラ全盛の現代において、部下に対して「俺の命令は必ず従え」といった日には、パワハラ認定が下るであろうから、直接引用するには不向きである。一度組織で意思決定したものには、全精力を傾けることが求められる、くらいに捉えておくのがよいかもしれない。
これは現代の政治家や官僚を論じるときに使える一条である。訴訟を公平にさばいてもらうためには、賄賂になびかない最低限の給与が保障されていることが前提である。政治家や官僚を縛ることも大事であるが、国民から理解が得られる範囲において、一定程度の自由や権利を保障しなければ、かえって汚職がはびこるコストを国民は負担しなければならなくなるものである。
これは現代でいうところの「適材適所」「役割分担」である。会社においても、社長と社員は必ずしも上意下達の関係ではなく、役割の違いである、と言われることもあるが、チームワークは飛鳥時代から続く伝統である。
この時代からブラック霞が関感満載である。飛鳥時代の官僚が十分な報酬や名誉を受けていたかは把握していないが、現代においては、政管関係の変化で官僚という仕事そのものへの魅力が逓減しているというから、ただただそのブラックさだけが飛鳥時代から引き継がれているということかもしれない。もしお近くにさぼっている官僚の方がいれば、官僚が身を粉にして働くのは、1400年前からの常識だよと教えてあげてもいいかもしれないが、そうする場合でもそっと優しい一言をかけてもらった方がよいかもしれない。
これは冬の間に国民を使役し、春から夏にかけては、農業や養蚕の時期であるから配慮すべきということであるが、その本質は、国民への配慮を欠かすべきではないということだと考える。特定の個人や個別の現場に埋没した政治に公平性はないが、国民や社会の実情に拠らない制度は机上の空論に過ぎない。
あとがき
以上、十七条の憲法の主だった条文をみてきたが、ビジネスシーンで、何らか「一七条の憲法」を感じる瞬間があれば、「それ聖徳太子も言ってたよね」とか、「それは600年代からの常識だからね」なんて使っていただければ、1400年前の知見を笠に、周囲に差が付けられること、間違いなしである。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?