🔴いつも大安吉日198 〜あたらしい大日向村というカタチ〜
【あたらしい大日向村というカタチ】
昨日は朝からこんな感じだった
朝の商店街をふらっふらで歩いて抜けた
何度も膝に手をやっては、それでも歩いた
国道に出ると田んぼの稲に朝日が降り注ぐ
きれいだったけど、それだけじゃとても気持ちまでは晴れなかった
結局大日向手前ですにちゃんに迎えを要請して、そのまま家で死んでたんだ
だんだん線にはならない点の記憶がフラッシュバックしてきていた
そこまで飲んだ気はやっぱりしない
なのになんであんなに辛かったんだ
急性の酒が弱くなる病なのかな?
この原因は早めにつきとめておきたい
でないと、リベンジなんて到底無理だ
乾杯から完敗の連敗になるのは明らかだ
「でもいまは一滴も飲みたくはない⋯ 」
🔴にわとり小屋が完成(仮)
フラつきながらもやることはある
カタチにはもうなっている「にわとり小屋」を仕上げなくてはならない
そう、にわとりがうちにやってくるんだ
拾ってきた金属の棚をベースにした
そこに木を打ち付けて屋根つけて、二階仕様にしてとまり木もつけた
網を張って、最後の出入り口以外は出来た
出入り口は調整しながら完成させよう
はじめはすべてこどもたちにやってもらおうと思ってたんだけど、こどもたちはやはりそれぞれ好きなことを好きなタイミングでしている
結局最後に貼ったトタン屋根の穴を、学校をサボってうちでたい焼きを焼いていたそうげんにやってもらうだけはした
ここにかわいい烏骨鶏の雄と雌が一匹ずつ
それをもらう約束を昨日していたんだ
🔴大日向村
スナックでともに酔った仲間も、烏骨鶏をもらう仲間も、どっちも大日向小学校の仲間だ
待ち合わせ場所にも軽トラを乗りこなす大日向小学校の保護者のおかあさんがいた
いろいろなタイプの人がいる
職業はもちろん、暮らしも生き方も考え方もほんとうに様々な人たちだ
それでも今年からやってきた人たちの中には、まだまったく会ったことのない人もいる
ぼくの世界をさらに広げてくれる出会いが、ここにはまだまだありそうなんだ
百の仕事をこなす(何でも出来る)百姓を目指しているぼくは、自分の暮らしに関わることをすべてやれるようになっておきたい
山のことや建築のこと、田んぼ畑に料理はもちろん、自分やこどもの身体のことをふくめて「医食住」は自分のモノにしたいと思ってる
しかしどうなんだろう?
もちろんぼく自身がやってみたいことには変わりはないんだけど、「極める」ほどやるわけではなく、ゼロからしっかり勉強してからやるわけでもないだろう
田んぼ畑には時間的にも体力的にも費やすものは大きいから、それを中心に残りの暮らしのことをこなしていくようなバランスにはなってくるんだろうと思う
烏骨鶏をもらう仲間にいままで烏骨鶏を飼ってきた経験と知識を分けてもらうように、知らないことを知るときにはぼくは本やネットよりも直接つながる人に聞きたい
カレー屋の仲間のスパイスカレー教室でぼくがカレー作りにハマったように、靴屋の仲間に靴のイロハを聞いて靴の世界が広がったように、その人の熱を感じて惚れて、それからぼくの暮らしの一部にしていきたい
なんでもこなす百姓といいながらも、やはり日々のやることに追われて、あたらしい世界に一歩足を踏み込むことには少し勢いがいる
その勢いをつけてくれるきっかけを、大日向小学校の仲間はぼくに与えてくれる
多様なみんなの暮らしや生き方の近くにいるだけで、ぼくの暮らしのヒントにつながる
もっといえば、ぼくが何でもかんでもやる必要すらないのかもしれない
やりたいことはもちろんやるけど、かなり頼れる仲間がいることは間違いないからね
うちでのキャンプも餅つきも、出産のときだってすでにみんなに助けられている
「ぼくの暮らし」というよりは、「ぼくらの暮らし」って感じのほうがしっくりくる
百姓もひとりじゃできないこともある
百姓だって村人のひとりには違いない
大日向小学校はすでに村のようだ
多種多様な人たちが、ひとつの豊かな村を目指して生きている「大日向村」だ
ぼくは「大日向村をつくりたい」と思っていたけど、すでに村のベースは出来ていた
そんな目線で「百姓と村」を意識しておこう
きっとたのしいことが、さらに勢いよく飛び出してくるだろうな
🔴発酵してるエサ
南牧村の卵屋さんにエサを買いに行った
にわとり小屋の近くに行っても臭くない
いろんな実験を繰り返して、いまの発酵飼料のスタイルにたどりついたらしい
その発酵したエサが、小屋が臭くない理由だとそのおじさんは話してくれた
機械でかき混ぜるエサはほとんどふりかけだ
魚粉のようなかつおぶしのような匂い
横に積まれた袋は発酵して熱を持っている
冬にマイナス二十度になるこの地区でも、この袋の積み方を変えながら発酵を続けさせる
小屋の外が匂わないだけじゃなくて、中に入っても全然臭くはない
おじさん自作の小屋は、とまり木にも個性があってすてきな空間だった
こどもたちは卵を探して喜んでいる
話し好きなおじさんの会話の中に出てくる名前も、大日向小学校の仲間の名前だった
🔴あらたな家族
ぼくは別れてスナック近くに置いたチャリンコと、記憶の一部を探しにまた街に戻った
烏骨鶏はすにが取りに行ってくれた
たまげたことに大日向から三十分は離れたこの南牧村で、おじさんの家から降りてきて国道に出ると、前を走る車も大日向小学校の仲間
「こりゃいったいどうなっとるんじゃ」
暗くなる前の商店街を抜けて、お世話になった仲間の店に顔を出してみた
「勝手に転がりこんで寝てすいません」
すると思わぬ答えが帰ってきた
「そこの電柱のところで寝てたから連れてきたんですよ」とな
線にならない点の記憶だと思っていたものは、どうやら点にもなってなかった
なにひとつ覚えてなかったんだ
「もうしばらくお酒は飲まない」と思ってるのは二日酔いだったからなんだろうけど、記憶がなんにもなくなっちゃうのはやっぱりちょっぴりもったいないよね
まあ、記憶より記録を残せばいいかな
昨夜真っ暗な中やってきた烏骨鶏は、今朝はエサを元気に食べてた
猫のロクはずっと網越しにうかがっている
それをまたこどもたちがずっと見ている
またさらにさわがしくなりそうだ
菊芋の花がきれいに咲きはじめたよ
ではみなさんすてきないちにちを
五穀豊穣 子孫繁栄
大安吉日や さかいひろし
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