【日記】図書館にて
久しぶりに図書館に行きました。
別に読みたい本があったとかじゃなく、
趣味の散歩中に足が疲れたのでほんの少し座って休もうと思って入ったのです。
館内はやけにガランとしていて、人の気配は全然ありませんでした。
まあ時代は電子書籍。
わざわざ図書館まで出向いて紙の本を借りようなんて人はだいぶ減ったのでしょう。
僕も活字を読まなくなって数年経ちますが。
図書館の落ち着いた雰囲気は読書家もそれ以外も、
平等に心を癒してくれます。
入ってすぐの閲覧席に腰を下ろし、すっかりチルしていると、
ふと。
学ラン姿の男子中学生が視界に入ってきたのです。
ああ、先客がいたのか。
さすがに週末の図書館に誰もいないなんてことないよな。
休みの日に図書館で読書なんて偉いじゃないか…なんてことを思っていたら、
彼が真っ直ぐこちらに歩いてきます。
「…ん?」
一瞬戸惑ったのは、彼の目が心なしか『血走って』いるように見えたから。
そして、その手に何か『大きなモノ』を掴んでいるような…
この時、あと数秒気付くのが遅れていたらと思うと今でも冷や汗が出ます。
彼は…その手に持った『鈍器』で『殴りかかってきた』のです。
ドガシャアァァァ!!
と、静かだった館内に響いたのは、
さっきまで僕が腰掛けていた木製の椅子が砕け散る音。
「…ッ!」
中学生は渾身の一撃を躱されたことに動揺している様子でした。
落ち着け。
相手が『動揺』している時こそ、
自分は『冷静』でいるべきだ。
決して刺激しないように、けれど毅然とした態度で…
「キミ…落ち着きなよ。何か気に食わないことでもあったのか知らないけど、さすがに初対面の相手をブン殴ろうなんて…」
言い終わらないうちに、
二撃目。
バキャァアアア!!
一瞬早く避けたものの、
僕が背にしていた本棚が木っ端微塵に…!
この中学生、どう考えてもヤバい!!
咄嗟にリーチを測ろうと、彼の手元を見て気が付きます。
彼が持っていたソレは、鈍器などではなく…
「『星新一ショートショート1001』…ッッ」
かの有名なショートショートの巨匠、星新一。
あらゆるSF作品の発想はどっかしらで星先生とカブってるんじゃあないかと思えるほどの圧倒的作品数&引き出しの多さ…!
ちなみに僕は小学校の図書室で読んだ『午後の恐竜』に衝撃を受けて以来のファンです。
そんな星先生が書いた1042編のショートショートを全3冊にまとめた、そのうちの第1集ッ…!!
その厚さはもはや鈍器。
にも関わらず、短編集ならではの『テンポの良さ』と『軽快な語り口』で読み進めるのが全く苦にならない、奇跡の一冊だ…!
「なぁ…まさかとは思うけど…キミさぁ」
「コレが…『ビブリオ・バトル』だって言うつもりじゃないだろうな」
彼は何も答えず。
ただ…ニヤリと笑いました。
正気じゃない…!
その時気付いた。
あまりに遅すぎたけれど。
『なぜ図書館に誰もいなかったのか』
いた。
『いた』んだ。
「彼との『バトル』に負けた先客たちが…こんなに」
入り口からは見えない本棚の裏に。
無造作に放り積まれた人々が…!!
そのうちの1人、
倒れたおじさんの左胸を触ってみる…よかった、心臓は動いてる。
僕は、その『確認』に気を取られて。
彼が再び『構え』に入ったにも関わらず…対応できなかったのです。
グボォォオオッッ!!!
「んゲボゥゥ…ッッ」
猛烈な威力の一閃が僕の腹部を穿ちます。
僕の身体は5m以上先の本棚に叩きつけられました。
喉の奥から血の匂いが上がってくる。
「かッッは…」
やられる。
動かなければ。
次の一撃で。
潰される…!
薄れゆく意識。霞んでいく視界。
その端に見えた、懐かしい『背表紙』…
ガッッッッッッッ
「…!?」
脳天を叩き潰すかに思えた大振りの攻撃は、
一冊の大判ハードカバー本によって、間一髪防ぐことができました。
「キミが僕をブッ飛ばしたのが『児童書コーナー』で助かった…ここでなら僕も『戦える』」
数年振りに手に取ったその本は、ワクワクするほど大きくて。
星新一のインパクトと対等に渡り合えるほど思い出深い…
「…バーロー岬」
「『タンタンの冒険』シリーズ、大好きだったんだ。この表紙見て思い出したよ」
中でも僕のお気に入りは『月世界探検』。
お馴染みのメンバーが勢揃いで宇宙を舞台に大冒険を繰り広げるシリーズ屈指の名エピソード(※個人の感想です)。
一冊に絞るなら『月世界探検』ですが、前作の『めざすは月』から連続する物語なのでぜひ両方とも読んでほしい。っていうか全巻読め。
すごいんですよこのエピソード。
まず刊行が1954年なの。
現実世界でアポロ11号が月面着陸を成功させたのが1969年。
時代を15年も先取りしている。
つまりまだ誰も月のリアルな光景を知らなかった時代に描かれてるんです。
なのに現代から見ても違和感なく宇宙の静寂、月面の荒漠とした情景が表現されていて、
キャラクターの行動はコミカルなのになんとも言えない緊迫感が全編に渡って醸し出されているのはまさに描写力の成せる技です。
「…ここにいる『敗者』たちは、逃げ惑うばかりで『反撃』できなかったんだろう。でも僕はやるぜ?(元)読書家の端くれとしてね」
思わぬ展開に面喰らった様子の中学生。
ジリッ…と、一歩後ろに足を引いた。
そこには。
「…いいね、『その位置』だ。」
「ちょっと反則気味だけど…真っ向勝負じゃキミには勝てないようなんでね。許してほしい」
僕は、右手に掲げた『ライター』を『点火』した。
……み!きみ!聞こえるかい!?」
「…?」
中学生を目覚めさせたのは、消防隊員の声だった。
「よかった。意識が戻ったんだね。『通報』から10分以上かかったんで心配したよ」
救命器具を片付けながら隊員は言う。
「図書館には、火災のとき蔵書を守るために水じゃなく特殊なガスで消火する設備があるんだが…そのシステムの誤作動でね。きみはちょうど『ガス噴出口』の真下にいたから、酸欠でブラックアウトしちまったってワケさ」
「…!」
あの男だ。
オレに初めて『反撃』を返してきた、あの男。
消火システムのことも、オレがその真下に立っていることも。
全て把握して…ライターの火を『センサー』に近付けた。
「戦士(バトラー)だ…」
中学生は、そんなことを考えていた。
「戦士…?あぁ、そういえば。酸欠じゃなく頭を殴られて気絶してた人たちがたくさんいたらしいんだが…それが、その『戦士』とやらの仕業なのかい?」
「…いえ。記憶が混濁してるみたいです…」
「無理もない。病院までまだもう少しかかるから、ゆっくり休んでいたまえ」
救急車は、街の外れへ走り去っていった。
「『バトル』は僕の負けでいいよ…久しぶりに『星新一』読みたくなった。キミのおかげだ」
遠ざかっていくサイレンの音を聞きながら、僕は独りごちました。
「それにしても…あのおじさんの『胸ポケット』にライター入っててラッキーだったよ。九死に一生ってやつだな」
ともあれ。
新しい詩のアイデアももらえたことだし…
もう少し、歩いて帰りますか。
お察しの方も多いでしょうが、この話は全てフィクションです。
だから、表紙に傷の付いた『タンタンの冒険』とか、
図書館で『誰か』に殴られたとか…
僕に文句は言わないでくださいね…?