ルレ・エ・シャトー
フランスのオーベルジュを視察しようと考え、南フランスの小さな町ヴァランスにある「メゾン・ピック」に宿泊した。交通の不便な田舎町にあるレストランには数部屋の宿泊部屋が階上にあり、フロアー毎がプライペート空間になっていた。人影がない町に夕暮れが近づいてくる頃、パリナンバーの高級車がどんどん集まってきてあっという間に駐車場がいっぱいになった。女性シェフであるアンヌの料理を目的にしてこの田舎町に集まってきた人々で町全体が活気を帯びる光景となった。食事を目的に旅をする「デスティネーションレストラン」を目の当たりにした体験であった。
メゾン・ピックでの体験がツアーで実現できないだろうかと考えていた頃、ご縁があり、パリに本部を置くホテル・レストランの協会「ルレ・エ・シャトー」と業務提携を行うことになった。この協業により、通常グループ旅行では利用が難しいオーベルジュに滞在するツアーを企画することができた。協会加盟のオーナーシェフに同行していただき、マルシェ(市場)での仕入れを見学し、その日のお料理をいただくという体験は個人ではなかなかできない。フランスのタイヤメーカーであるミシュラン社が車でオーベルジュを訪問する旅を活性化するために「ミシュランガイド」を発刊した。いまでは世界中で食のガイドブックとして定着している。
日本にもルレ・エ・シャトー加盟のレストランや料亭、ホテルがある。
メンバーである宇都宮の「オトワ レストラン(Otowa restaurant)」の音羽和紀シェフはフランスで修行し、帰国後に東京ではなく、あえて地元の宇都宮でレストランを開業し、今までに数々の世界的な受賞をされている稀有なシェフである。彼は「栃木の食文化」をライフワークとして、生産者さんと連携をしながら地元の方々に愛されるフレンチレストランを40年以上経営している。東京から新幹線を利用し、日帰りで音羽シェフの料理を食べに行く人もめずらしくない。音羽シェフにご案内いただき、地元の農家や養殖家の方を訪ねる機会をいただいた。どのような生産者がどのような思いで野菜を育て、養殖をしているか。音羽シェフは人々との繋がりを大切にしながら地元の食材を活かし、季節ごとにメニューを創造し続けており、今は息子さんたちの世代に継承する段階にある。
同じくルレ・エ・シャトーのメンバー金沢の料亭「銭屋」は、世界から注目されている料理人髙木慎一さんが経営している。髙木さんはご自身の料亭のみならず、金沢の食文化の研究団体や、さまざまなレストランにアドヴァイザーとして関わる幅広い活動をされており、世界各地へ日本の食文化を紹介する活動も行っている。
当社のツアーでは、髙木さんに朝の近江町市場をご案内いただく体験や、「銭屋」さんの7席のカウンターを貸切りにさせていただき、料理長との会話を楽しみながらお食事をするという体験をツアーにして実施している。初回は私自身がツアーコンダクターとして同行したが、市場の散策では髙木さんと漁師さんや仲買さんとの会話から、相互の信頼関係を感じ、食材を大切に扱う料理人の姿勢と、素材から発想する数々の料理の創造性を体感することができたのは貴重な体験であった。