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「車でお遍路」別格5番札所 大善寺(二つ石のお大師さん)

こんにちは、旅いこかです。

四国別格二十霊場巡礼、弘法大師との「同行二人」の旅、5番目のお寺は、

高野山こうやさん 大善寺だいぜんじ


別格4番札所の鯖大師本坊から約170㎞、車で約200分の場所、

阿波徳島「発心ほっしんの道場」最後の札所鯖大師本坊をあとに、高知県に入り約170㎞という長旅が始まる。
土佐高知「修行の道場」に入るが、
実は別格二十霊場、土佐高知ではここ大善寺一札所のみ。

延々と続く長い道のりは歩き遍路にとっては、まさに「修行の道場」と言われる所以でしょう。

鯖大師本坊の参拝が終わると国道55号線を室戸岬へ。
途中、弘法大師が悟りを開き「空海」と名乗るようになった場所御厨人窟みくろどに立ち寄る。

車の場合は、「御厨人窟みくろど」のある室戸岬を抜けると高知自動車道に入り須崎中央ICで降りて暫く走ると住宅街の中に佇んでいる、と比較的快適に行くことが出来る。

大善寺は、以前は岬であった須崎周辺は海が荒れ遭難者が多発していたことから、弘法大師は「二つ石」の上に立ち、遭難者の菩提を弔い海上安全を祈願して一宇を建立したという起源のお寺。

また、4番札所鯖大師本坊に続き、四国八十八ヶ所霊場には無かった本堂御本尊が弘法大師である(もともとは阿弥陀如来)。

では、「二つ石のお大師さん」と呼ばれる「大善寺」へ参りましょう。

大善寺からの眺め


ご詠歌

ゆるぎなき 誓いを二つの 石にたつ 御祖みおやのみ旨 とわにかしこし

みな人の 善を須崎の 高野寺 波の音さえ 法の声かな


お参りする前に知っておいた方が良い知識

歴史

  • 弘仁6年(815年)、巡錫中の弘法大師がこの地を訪れた時、この地で海難事故が多いことを知り、遭難者の菩提を弔い海上安全を祈願して一宇を建立して開基

  • 宝永4年(1707年)の大変(宝永地震)までは須崎町古市町にあり、御本尊は阿弥陀如来(現在不明)で八幡神社の別当寺として寺運を続けていたが、津波により2千坪に及ぶ境内が崩壊、古城山の麓に移ったという

  • 明治27年(1894年)神仏分離令により廃寺

  • 明治29年(1896年)、大師の霊跡を惜しむ里人の手で再興し、現在地に移転して寺の再建を計り今日に至る


大師伝説(二つ石大師)

昔、須崎の入海はきわめて広く、今の大師堂は海に突き出た岬であった。
当時、海に出るには山越しに行くのを常としていたが、干潮の時は二つ石岬の端をまわっていくことが出来た。

しかし、この場所はしばし海が荒れ、「土佐の親知らず」と言われるほど遭難者や海難事故が絶えない。また、伊予石鎚山の末端に位置し、時々身に不浄あるものは怪異にあい難に遭うと言われ恐れられていた場所でもあった。

弘法大師は、そのことを聞き、「二つ石」の上に立ち遭難者の菩提を弔い海上安全を祈願、そして一宇を建立(現在の大師堂)したという。

大善寺「二つ石大師略縁起」より


寺号について


ご利益

  • 御本尊の弘法大師
    ・・・全ての人々を永遠に救い続けてくださる弘法大師、厄除け


御本尊・ご真言

御本尊:弘法大師
ご真言:南無大師遍照金剛なむだいしへんじょうこんごう


見どころ

  • 本堂 
    ・・・御本尊に大師像が祀られている

  • 鐘楼
    ・・・素晴らしい景色を眺めることが出来る

  • 二つ石 (大師堂の道路を挟んで向かい側)
    ・・・二つ石の西側の一つが令和4年1月に出土

出土した二つ石


写真


次は、別格第6番札所龍光院りゅうこういんへ参ります。

合掌

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