深夜特急の到達点――沢木耕太郎『旅のつばくろ』を読んで
どこにも旅に出られないGW、沢木耕太郎さんの『旅のつばくろ』を読んだ。
沢木さんというと、『深夜特急』に代表されるように、異国の街を颯爽と旅しているイメージがある。
でもこの『旅のつばくろ』は、日本国内を旅したエッセイ集だ。
東北の各地へ、あるいは北海道や長野へ。沢木さんは、『深夜特急』の頃と変わらない軽やかさで、しかし異国ではなく、日本の各地を旅する。
そこに見え隠れするのは、16歳のときの東北一周のひとり旅だ。
たとえば沢木さんは、その16歳の旅では辿り着けなかった青森の龍飛崎を訪れ、こんな回想に耽る。
それにしても、16歳の私がここに立つことができていたらどんな感慨を抱いただろう。それを想像してみたいというのが、龍飛崎まで来た真の目的といってよかった。
しかし、強い風の吹く中、いくら立ち尽くしても、少年のときの思いを甦らせることはできなかった。
少年時代の旅に寄り添いつつ、新しい「なにか」を追い求めて、沢木さんは旅を続ける。
そして、やはり初めて訪れることになった奥入瀬で、こんな思いに辿り着く。
確かに、かつてのあの時だけが「時」だったのではなく、今も「時」なのかもしれない。
いや、むしろ、ようやく訪ねることができた今こそが自分にとって最も相応しい「時」だったのではないだろうか。
かつての旅を讃えるだけでなく、今この「瞬間」の旅も肯定する。
それこそが、72歳になった沢木さんが到達した地点なのかもしれない。
沢木さんは、かつて『深夜特急』の中に、ペルシャの逸話にある、こんな言葉を引用していた。
若いうちは若者らしく、年をとったら年寄りらしくせよ。
そして、続けてこう書いていた。
ふと、老いてもなお旅という長いトンネルを抜け切れない自分の姿を、モスクの中を吹き抜ける蒼味を帯びたペルシャの風の中に見たような気がした。
たぶん、沢木さんはまだ、「旅という長いトンネル」を歩き続けているのだろう。しかし同時に、「若いうちは若者らしく、年をとったら年寄りらしく」の言葉のとおり、旅を続けているのではないか。
若いうちの旅は素晴らしかった。けれど、年をとってからの旅だって、やはり素晴らしいのだ、と。
なぜ、沢木さんの旅は、こんなにも生き生きとしているのか。
それは、『旅のつばくろ』にある、次の言葉に集約されているように思う。
どちらかと言えば、私は旅運のいい方だと思うが、それも、旅先で予期しないことが起きたとき、むしろ楽しむことができるからではないかという気もする。たぶん、「旅の長者」になるためには、「面白がる精神」が必要なのだ。
面白がる精神。沢木さんの旅にいつもあるのは、きっとそれなのだ。
20代の『深夜特急』の旅では、香港で奇妙な安宿に放り込まれ、インドで謎の病気に襲われ、しかしそれらを「面白がる」ことで、旅を生き生きしたものに変えてきた。
それはたぶん、年をとった今でも変わらない。
『旅のつばくろ』でも、新幹線に乗り遅れそうになったり、旅先がちょっと観光地化していたりしても、それらをいつも「面白がる」沢木さんの姿があるからだ。
きっと、「面白がる精神」さえ持ち続けていれば、人はいつでも、生き生きとした旅ができるものなのだろう。
若いうちだけでなく、年をとってからも、ずっと。
この『旅のつばくろ』には、「深夜特急」に乗り続けた沢木さんが辿り着いた、そんな「旅の答え」が隠されているのかもしれない。
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