死にたい!
あるとき、ある感情が湧き上がった。
「死にたい」
でも、そんなはずなかった。私はその時幸せだったからだ。考えが似ている友達もいたし、家族とも仲良くできた。学業だって悪くなかったし、あの時は彼女もいた。
では、なぜ?
それは、人生に対する無意味を認識したからだった。結局、どれだけ生きても僕には同じ繰り返しに思えた。そこから、好きな人や友人が変わっていくことの苦しさを知った。
「君じゃなくて、いいじゃん」
最悪だった。胸を張って君は特別と言いたかった。だけど、全てが円環運動に思えた僕は、美しさをそこに見出せなかった。
けど、僕は生きる意味を見出せた。
気づいてしまったのだ。僕は物質世界で生きている、と。
そう、精神を全く使っておらず、私には理性なんてのは数学の問題を解くためのものくらいにしか感じていなかった。
だから、死にたいと思うのも当然だった。いわば死を待つ生活でありながら、いつ死んでも変わりない自分の無力さにがっかりしていたのだ。自殺を考えようにも、この世に希望があると捨てきれず、ただ生きていた。
ある時、このままではいけないと、ヘルマンヘッセの車輪の下を買って読んでみた。すると、私の考えていたこと全てが書かれていて、感動した。
そこから私は文学に興味をもち、今は文学に意味を与える哲学に興味を持っている。もっといえば哲学のためだけに生きている。
何か積み重なってゆくものは人生に意味を与えてくれるかもしれません。私にとってそれは哲学であり、その中でも感動することでした。
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