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第二部 「対置する者-1」

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第1話 事象の地平面

―ガァーン!!

「六十年じゃなかったのか! 六十年じゃ!」

 体格の良い男性が、項垂れながら両腕で目の前のコンソールパネルを激しく叩いた。
 その横には美しい黄金色に輝く髪色の女性が、涙を流しながらうつむいている

「クリス、受け入れがたい事だが、これは事実だ」
「嘘だ! 娘が、クレアが、クレアが待っているんだ」
「もう一度! もう一度…」
「クリス!」
 背が高く浅黒い男性が、激しく動揺するクリスと呼ばれる男の肩を掴み、コンソールパネルに掛けた手を制止した。

「クリス、もう充分見返した、何度も、何度も」
「我々全員が、お前と一緒に」
「だが… 」

…ピッ ピッ ピッ
 目の前にあるサブモニターが何かの数字を表示している。

[ ELAPSED TIME:2,400 years ]
 約二千年前、彼らが過ごした数時間前にそれは、突然起きた。


… ピ ピ ピ ピ ピ ピ

けたたましく警報音が鳴り響く!
―WARNING! ―WARNING! ―WARNING!

―ガガガガガ!!
ピィ! ピィ! ピィ! ピィ! ピィ!

『グラヴィティ警告!』『グラヴィティ警告!』
『航路前方、0.01パーセク先でブラックホールが発生、0.006パーセク範囲の物質が引き込まれています』

『カーター! 回避できないのか!』
アクシオン・ドライブ準光速移動中で回避できません』

―ガガガガガ!!
 何かの船内らしき部屋が激しく振動し、その周囲にある全ての物が空中に散乱してゆく。

『ブラックホールに引き込まれます!』
『どうした!』
 突然の事態にクルーから無線が入る。

『0.01パーセク前方の中性子星が崩壊!ブラックホールに変わりました!』
 カーターは激しく揺れる船内で、その鉛色の身体をパイロットシートに押さえながら無線に応えた。

『カーター! スラスターを全開にしろ!』
『ブラックホールに突っ込むのか!』
『スリングショットだ! あいつの重力を使い、その反動で抜け出す!』
『無茶よ!』
『クローディア! 他に方法はあるのか! このままだと、あいつの中心に引き込まれるぞ!』
 カーターが座るパイロットシートにクリスが近寄り、黄金色の髪をなびかせたクローディアがその後を追ってきた。

『カーター! 確率は!』
『現状は30%です』
『別の推進力があればもう少…』
『わかったカーター』
『クローディア、30ならやってみる価値はあるだろ』
 クリスはクローディアをなだめ、パイロットシートに座り、
『クローディア、コアブロックに退避しろ』
 退避するよう指示し、激しく揺れる船内でクリスとカーターは急いで脱出シミュレーションを計算し始めた。

― 船内が激しく振動し、クリスの額に汗がにじみ出す。

『どうだ!カーター』
 幾つかのモニターが浮かび上がる中から、カーターはシミュレートした結果を取り出し、それをクリスに見せ、静かにクリスの顔を見た。

『…』

 クリスはカーターの方に顔を向け、じっとカーターの目を見つめると、小さく頷き無言でカーターに応えた。

ピィ! ピィ! ピィ! ピィ!

『よし』
『全員コアブロックに移動しろ、あそこなら装甲は分厚い、最悪ブロック単体でも航行可能だ』
『急げ!』

ピィ! ピィ! ピィ! ピィ!
『グラヴィティ警告!』『グラヴィティ警告!』

 クリスとカーターは、複数のモニターを表示させながら急ぎ作業を進め、コアブロック内部を映すサブモニターにクルー全員が、移動完了した表示が点滅すると、クリスはそれを横目で確認する。そしてメインパネルでの操作を終えると、大きく息を吸い、カーターを見つめた。

『カーター… すまない』
『私はロボットです、それを受け入れられます』
『また会いましょう、クリス』

 クリスはカーターを抱き寄せ、
『生きてたら、重力の狭間で会おうぜ』

言葉を掛け終えると、クリスはメインパネルから離れ、コアブロックへと急ぎ退避してゆき、

カーターはクリスを見送ると、

船のコントロールを始めた。

ピィ! ピィ! ピィ! ピィ!
―ガガガガガ!!

 船体がさらに激しく揺れ、その宇宙そとでは星々が線となりながらその美しい姿を現し始め、徐々にその光の線が凝縮され太く濃くなると、その光の先端が何かを避ける様に曲がり出し、巨大な輪郭を描いてゆく。
 そして、漆黒の闇に星の光を巻き込みながら、巨大な暗黒の球体がその姿を現し、

ゴォォォオオォォォ…
不気味な音を立てながら、徐々に近付いて来る。

ピィ! ピィ! ピィ! ピィ!
―ガガガガガ!!

 カーターがその暗黒の球体を避ける様に光の線を追い掛け、機首をゆっくり右に向け出すと、船体はバンクしながら右旋回を始めた。

―ALERT!! ―ALERT!!
『船体圧力荷重警告!』『船体圧力荷重警告!』
『耐荷重限界150%』

ピィ! ピィ! ピィ! ピィ!
―ガガガガガ!!

―ALERT!! ―ALERT!!
『船体圧力荷重警告!』『船体圧力荷重警告!』
『耐荷重限界200%』

ギィィイィィ…
悲鳴のような音が船内に響き渡る。


星々が流星のように   流れては消え

時間と共に   それは速さを増し

黒い闇へと   落ちていった

ピィ! ピィ! ピィ! ピィ!







Horizon…






全ては 動いているが

全ては 止まっていた


<ピッ>
≪ GRAVITY MEASURING SYSTEM ≫
≪ Unknown ≫


<ピッ>
≪ GRAVITY MEASURING SYSTEM ≫
≪ Unknown ≫


<ピッ>
≪ GRAVITY MEASURING SYSTEM ≫
≪ Unknown ≫

『クリス』
『さよならです』

『えっ』
『カーター!』『カーター!』
 クローディアがモニターに映るカーターに近寄る。

――――――――――!!!
 激しい衝撃と共に、一瞬にしてメインブロックが コアブロックの後方に消えて行った。

 と同時にコアブロックが加速、

ピィ! ピィ! ピィ! ピィ!
―ALERT!! ―ALERT!!
『船体圧力荷重警告!』『船体圧力荷重警告!』
『耐荷重限界300%』

――――――――――…

 コアブロックは、メインブロックをブースターにして、
事象の地平面から逃れて行った。

『カーター…』

 ヒューマノイドであったカーターは、自らを犠牲にブラックホールの重力圏からクルーを脱出させ、
彼らを救った。

第二話 尊き犠牲

その空間は歪んでいた

光は歪み 物質も渦となりながら

その空間を取り囲み

その中心にある 漆黒の闇へと

落ちて行った

「カーター…」

 ヒューマノイドであったカーターは、自らを犠牲にして、ブラックホールの重力圏からクルーを脱出させ、彼らを救った。

… 船内の揺れが治まり、各自のセーフティロックが解除される。

 クローディアは直ぐ様、シートから立ち上がると、怒りの表情を浮かべながらクリスに近付いてきた。

「クリス! カーターを、カーターを犠牲にしたのね!」
 クローディアが動揺し、涙を浮かべながらクリスに詰め寄る。

「やめるんだ、クローディア」
 それを制止するように、背の高く浅黒い男性が止めに入った。

「どぉ… して…」

「あの状況では、あぁするしか方法は無かった」
「そうでなければ我々は今頃、あの光の輪の一部になっているか、あの黒い球体に飲み込まれていたんだ」

 クリスは、硬い表情のまま、詰め寄るクローディアを注視している。
マックスマクシミリアン、クローディアもそれは解っている」
「解っているが、俺の判断が許せないんだ」

「そうよ!」
「あなたは自分の為に、カーターを犠牲にしたのよ!」
 クローディアは涙を流しながらクリスに訴え、言葉を続ける。

「そんなに地球に帰りたいの!」
「今回のミッションは全員、全てを投げて人類の為にその身を捧げているのよ」
「なのに…」

「そうだ! 残された人々の為に俺たちはこのミッションに出たんだ、だからここで終わらせる訳にはいかないんだよ!」
 更に顔を強張らせながら、両手を胸元に上げ、クローディアを諭す。

「だからって、カーターを犠牲にしてもいいと思っているの!」
「ヒューマノイドだからって、彼も私達と同じ仲間なのよ…」
「クリスあなたは… 」
「うぅっ…」
 そして、クローディアは涙を流しながら、項垂れた。

 重く暗い空気が船内を包み込んでゆく。

…ピッ ピッ ピッ
 船内のサブモニターに何かが表示されている。
 マックスマクシミリアンがそれに気が付き、そのモニターを引き寄せると、

「ばっ、ばかな…」
 それを見たマックスの表情が一瞬にして固まった。

「マックス、どうした」
 サブモニターを見ながら、微動だにしないマックスに気が付いたクリスが、マックスに声を掛けるが、マックスはピクリとも反応しない。

 しかし突然、
マックスは唐突にあらゆるモニターを目の前に集め始め、何かの作業を始めた。

カタカタカタカタ…

「おい、マックスどうした」
 クリスは更にマックスを呼びながら近づき、彼の目の前で点滅しているモニターに目を向けると、

「おい! マックス!」
「マックス!」
クリスがマックスの肩をつかみ、彼を振り向かせた。

「どうゆう事だ、これは」

[ ELAPSED TIME:2,400 years ]

 インジケーターに、現実とは思えない経過した年数が表示されている。

「に、2,400年だと…」
「マックス!、調べ直すぞ」

 その後、彼らは、何度も、何度もそのデータを検証し、あらゆる方向からデータを計算し直したが、

―ガァーン!!

「六十年じゃなかったのか! 六十年じゃ!」

「よせクリス、受け入れがたい事だが、これは事実だ」
「六十年あれば、人類はあの惑星に移住できるんだぞ!」
 クリスは、マックスの襟をつかみ、必死の形相で彼の顔を睨む。
 そして、船内の壁に掲げられているミッションボードを見つめると、そこには、彼らの探査目的と共に、

〔 人類の希望! 十一光年先の新たなフロンティア 〕

 彼らの希望が掲げられていた。

「嘘だ! 娘が、クレアが、クレアが待っているんだ」
「もう一度! もう一度…」
「クリス!」
 マックスが、激しく動揺するクリスを制止し、

「クリス、もう充分見返した、何度も、何度も」
「我々全員が、お前と一緒に」
「だが… 」
顔を上げ、何かを悟ったかのように、マックスが言葉を続けた。

「あの事象の地平面を抜ける際の加速と、ブラックホールの重力で時間を使っちまったのさ」
「この数字も単なる計算だ、実際はどうだかわからないがな…」
 クリスはテーブルの上に崩れ落ちた。

 しかし、マックスのその言葉は、ある意味、的を射ていた。


ブラックホールとは、重力の収束点である。
そうであるがゆえに、そのブラックホールが生み出す圧力で時間や空間、全ての物質が圧縮され、見えざる物質が顕在化し、そこには新しい宇宙が生み出されてゆく。

宇宙とは何か

宇宙とは ”無” であり ”有” である

無が重なり合い、さざ波をおこし 有を生み出す

波間の対流のように、一部は渦になり、分離し 結合し 消えてゆく

ブラックホールとは、その無の重なり合いからできた、顕在化した 有 の世界であり

我々の宇宙も同様に、無の重なり合いで生まれ

見えざる別の宇宙が介在している

彼らは、そんな宇宙の重なり合いに出会い、介在し、逃れて行った。
彼らが過ごした時間は、我々の宇宙での数千年であったのかもしれない、
しかし、彼らが介在した 別の宇宙は 我々の常識と同じではない

それを知る事になるのは、

その惑星ほしに辿り着いてからであった。

第三話 選択

 突如として現れたブラックホールがもたらした運命。それはクリス達、探査船のメンバーに苛酷な現実を突き付け、彼らを救ったヒューマノイドのカーターと共に、2,400年もの時間を失い、

それと同時に、その探査目的も

失おうとしていた。

彼らがこのブラックホールが発生した宙域を航行していた目的とは何か、

それは

人類移住計画  である。

 彼らが探査に出た当時の地球は月を失い、その影響で地球の生命維持装置である環境循環が停滞し、生命の惑星としての活動を停止させようとしていた。
 人々は、その死せる星への流れをくい止めようと、失った月を取り戻す計画、「地球圏再生計画」をスタートさせ、その全権をコントロールする主幹組織、”TU”(Terraforming of the Earth and Space Union)を結成し、再び地球を再駆動する活動を開始した。
 その活動の主軸に、地球を再駆動させる物質の発見に活路を見出し、数万光年の移動を可能にする技術、素粒子転送技術トランスファーを使い、遠方の地に人型の分身体Ardyを生成し、人の意識を転送させ活動させる事で、新たな物質の発見が可能となり、未開の星系で未知の物質を求めて、天の川銀河の各所に数多くのユニットを送り出していた。

 その計画を指揮していたジェフリー博士は、それら地球を再駆動させる物質を発見するユニットとは別に、ある特殊任務を遂行するユニットを秘密裏に招集し、重要な任務を彼らに与えていた。
そのユニットが負う任務が、

人類移住計画である

 地球圏再生計画は当初、その計画を推進する三つのタスクフォースを編成、それぞれの目的を”地球再生計画” ”月再生計画” ”太陽活用計画”とし、それぞれに三つのユニットが編成されていたが、太陽活用計画のタスクフォースのみ2ユニットにし、それにあたるべき1ユニットをジェフリー博士の直下に置き、その存在は明かす事無く極秘とされ、その任務を推進していった。

 では、なぜそのユニットのみ極秘とされたのか、
その意図する目的は、そのチームにのみ、一度だけジェフリー博士の言葉で伝えられていた。

「その目的は」
「このユニットが向かう惑星は、密かにテラフォーミングを進めている惑星であり」
「地球文明の継続と発展の為に、この計画の推進が必要なのだ」

「人はもう一つの道の存在を知ると、その存在を使う事を考える」
「我々には残された道は無い」

「しかし、お前達の道は影ではない」
「なぜなら、このユニットこそ人類最後の希望だからだ」

 その言葉は、メンバー全員とジェフリー博士の中にしまわれ、誰も知り得ることは無かった。
 しかし、その希望でさえ、今ではもう意味のない事となりつつあった。

… 重苦しい空気が周囲に横たわっている。

「クリス、あのブラックホールは回避できたが、メインブロックはもう無い」
 力無げに椅子に座っているマクシミリアンが、手のひらを組み、失意の表情で、クリスを見る。
「航路も三分の一を残すのみだったが、今の進路を反転しあの惑星に辿り着いたとして、地球に帰還する船体が無ければ、地球にも戻れない…」

「あぁ、わかっている」
 マクシミリアンの言葉を制止するように、クリスが口を開いた。

「わかっている、マクシミリアン」
「俺たちの任務を全て遂行するのは無理だ」
「だが…」
 メインモニターを見つめていたクリスが、少し上を見上げると、後ろにいるクローディア達に振り向き、

「テラフォーミングを完成させる事はできる」
 何かを悟ったかのような、強い眼差しを向けた。

「何を言ってるの」
 全員がクリスを見つめる。

「これだ」
 クリスが半透明の情報パネルを空中に表示させた。

「お、お前!」

〔 Adam and Eve Project 〕
 そのモニターには、クルー全員が初めて見る情報が表示されていた。

「この船、コアブロックには、クローニングされた男女の子供たちが休眠状態で乗せられている」
「この子達をあの惑星に連れて行く」

 クリスの言葉はあまりにも突然過ぎた、
しかし、その場にいたクルー全員の表情に動揺は無く、静かにその情報パネルを見つめ、クリスからの言葉の続きを待っている。

「お前たちも何かしらの極秘任務を負っている事は知っている」
「この任務は、カーターが負っていた任務だ」

「今から、このコアブロックを反転させて、あの惑星に全員で向かうのは無理だ」
「このコアブロックにはコールドスリープも二機しかなく、物資も足りない」
「しかし、数人なら可能だ」
「その数人で、地球生命を繋ぐんだ」

「惑星に行かない者はどうする」
 その場にいた、アーネスト博士がクリスに問い掛けた。

「あの惑星に行く事の無い者…」
「俺と二名、惑星に向かわない者は小型探査船で地球へ向かう」
「航路補正をすれば、このままのスピードで地球に行けるだろう」
「ただし、地球が本当に2,400年後の世界だったら、」
「その地に、地球生命、人類が生きていれば、俺たちのミッションは繋げる事が出来る」
「しかし」
「地球が、死の星となっていたら…」
「地球に向かった俺たちは終わりだ」

「クリス!」

「選択の余地は無いんだよ、クローディア」

 緊迫した空気が船内に張り詰める。

「今、テラフォーミングを進めているあの惑星に、マクシミリアンとお前が行けば、確実に地球生命は繋げられる」
「席は四席しかないんだ」

 この探査船のクルーは7名、リーダーのクリス、サブリーダーのマクシミリアン、物理学者のアーネスト博士、科学者のアートン、オスカー、生物学者のマイヤーとクローディアであった。

「惑星へ向かう人選は、それぞれの分野から一人ずつ、マクシミリアン、アーネスト博士、アートン、クローディアだ」
「俺と、オスカー、マイヤーは地球へ向かう」

「クリス、確かにそうかもしれない」
 クローディアが真剣な眼差しで、クリスを見つめる。

「でも、あの惑星はテラフォーミングがまだ十分じゃないのよ、たどり着いたとして、生きて行けるかも解らない」
「じゃあ、どうしろって言うんだ! このまま地球生命が滅んでもいいのか」
「俺は、少しでも可能性が有る方に、繋げていきたいんだ!」

「だからよ」
 クローディアがサブモニターを、メンバーの前に表示させ、

「ク、クローディア…」

クローディアが出したその情報パネルには、

〔 Oocyte cryopreservation 〕
「私が負っている任務は凍結保存された卵子を使い、人類を繋げる事なのよ」
「人類最後の希望、その為に生物学者であるマイヤーと私がここにいるの」
「クリス、可能性は分散するべきよ」

 ジェフリー博士は地球圏再生計画、最後の希望が途絶える事の無いようバックアッププランをいくつも用意をしていた。
 その中でクローニングは極秘の任務で、最後の手段であったが、分散する事は出来なかった。
 この状況で、クローディアは凍結卵子を生物学者二名に託し、分散させる事が、その種を繋げる可能性を高める方法であると考えていた。

「クリス、この方法なら可能性を高める事ができるわ」
「あの惑星には、クローニングの専門家であるマイヤーに任せ、地球には私が向かうわ」

「…」

「確かにな」
 マクシミリアンが顔を上げ、話し始めた。

「…クリス、どうだ、俺はクローディアの案に賛成だ」
「クローンでも、凍結卵子でも、人類を繋いでいく方法が少しでも多い方が良いと思う」

「そうだな、クリス俺もそう思う」
 アーネスト博士が同調し、

「…」
 クリスは目を閉じ、しばらく考えた後、

「わかった、そうしよう」

クリスはクローディアの案を受け入れた。

第四話 それぞれの惑星へ

 人類の希望をつなげるために、それぞれの惑星へと分散する事を選んだクルー達。
 しかし、クリス達が向かう地球は、2,400年もの時間を失い、そこに生きる何かが存在するのかも分からない状況で、そんな地球に行く事を決めたクローディアに、クリスはその考えが何なのか確かめる為、クローディアを船内の奥に呼んだ。

「クローディア、ちょっといいか」
 クリスがクローディアに声を掛け、クローディアはそれを理解しているかのように無言でクリスの後についてゆき、二人は船内の奥にある小さなオペレーション・ルームに移動すると、暗がりでお互いの顔を見つめ、少し間多くと、クリスが話し始めた。

「クローディア」
「もし地球が死の星だったら どうする」
 クローディアはクリスをじっと見つめ、クリスの問いに答えた。
「その為に、クリスあなたがいるんでしょ」
 クリスは黙ってクローディアの目を見る。

「地下一万メートルにある、シェルター」
「方舟と言われる、あのシェルターが残っていれば、生き残れる可能性はあるわ」

「なんで知っている」

「…」
「ジェフリー博士が、可能性を一つに絞るとでも思って?」

「…」
「マクシミリアンが向かう、Ross 128b星は確実にテラフォーミングを進めている、生き残れる可能性が高い。しかし、地球はどうだ、2,400年もの時間が過ぎ、そのお前が言う方舟が存在しない可能性だってあるんだ」
 クリスがクローディアを見つめる。
「俺は、誰も失いたくはない」
「だが、誰かが選択をしなくてはいけない」
「しかし、地球を選択した者は…  」

「  死  」

「その可能性が含まれる」
「それでも、それを選択するお前の考えを聞きたい」

 クローディアはクリスの目を見る。
「…地球よ」
「方舟も、確率も、単なる事情よ。この選択しかない事は明白だわ」
 周囲の雑音が消えてゆく。

 クローディアの表情が変わり、目の奥に少し力が入ると、真摯な眼差しで更にクリスを見つめる。
「でもね、クリス、そんな事じゃないのよ、私が地球を選択したのは」
「私は今回のミッションに、私の全てを賭けている」
「私は地球に生きる、命たちを守りたいのよ」
「どんな状況であっても、彼らの命を救う事、繋げる事ができれば私が生きている意味があるのよ」

「それに、地球が死の星でも、私がそこに残れば…」

「クローディア!」
 クリスの目が強張り、クローディアの肩を掴む。
 
「クローディア、それ以上言うな、それ以上…」
「俺たちがそうなる前に、マクシミリアン達が迎えに来てくれるさ」
「それに、それを選択しない方法を考えよう」
 そしてクローディアの気持ちを受け止め、そっと抱き寄せると、地球行きを決心した。

「クローディア、地球で生還する確率を上げる」
「俺とオスカーで事前調査し、お前に渡す。そのデータから生物が生きていける環境に必要な情報を出してくれ」
「わかったわ、でもオスカーは今回の決定は納得しているの」
「オスカーとは事前に取り決めをしている、互いに協力する事を」
 クリスはそう言うと、オスカーを呼び、しばらくしてクリス達が居るオペレーション・ルームにオスカーが現れると、同じく意思を確認し、オスカーは軽くうなずく。クローディアは、そのオスカーの様子に少し違和感を感じていたが、
「オスカー、クローディア、オペレーションの検討を始めるぞ」
 クリスの言葉でかき消されてしまった。

 その頃、マクシミリアン達のRoss 128b星へ向かうチームでも準備が進められ、コールドスリープによるリスクを避ける為に、マクシミリアンとマイヤーが、眠る事なくそのまま船体のオペレーションを続け、年齢が高いアーネスト博士と、科学者のアートンがコールドスリープに入る事となった。

 その後、それぞれのチームは、互いに向かう惑星の状況調査を進めたが、双方の惑星から来るべき返信が無く、船内の空気が不安に包まれてゆく。
 クリスはマクシミリアンの状況を確認する為に、マクシミリアンが作業を進めるオペレーション・ルームに向かい、声を掛けた。
「マックス、その後、通信はどうだ」
「駄目だな、色々な手を尽くしたが、レスポンスが返ってくる気配がない」
「それとは別に観測は続けているが、地球と同じ環境が生成されている事はわかっているし、人工物らしき構造物が地表面にある事も確認しているが、それが何なのかはわからない」
「それでも返信は無しか」
 クリスが訝しげな表情で、目の前のモニターをみつめる。
「地球の方はどうだ」
「こっちも駄目だな、状況は同じだ。救いは環境が戻っている事くらいだな」
 マクシミリアンが地球の情報が表示されているパネルをクリスに渡す。
「2,400年で環境が改善されたのか…」
「わからんな、今は観測データのみの状況だからな、行ってみなければわからんさ」
「せめて、トランスファー素粒子転送ができればな…」
 マクシミリアンが少し諦め気味な表情を浮かべながら、小さく呟いた。
「そうか! カーターか」
 クリスがマクシミリアンの言葉を聞き、何かに気が付いたように声を上げた。
「マックス、カーターのデータが中継拠点に残っているんじゃないか」
「クリス、カーターのデータをどうするんだ」
「中継拠点からArdy人型の分身体トランスファー素粒子転送させ、現地調査をさせる事ができる」
「確かにな、でもデータはどのタイミングかわからないぞ、かなり古い可能性もある」
「まぁ、でもやってみる価値はあるか」
 そう言うとマクシミリアンは近隣の中継拠点を検索し始めた。

 しかし、

「… クリス駄目だな、中継拠点からの応答がない」
「機器の故障か」
「俺は専門家じゃないからな、詳しくはわからん」
(イェーガーかサンダースがいればな…)

「このブロックにデータは残っていないのか」
「主要なデータはメインブロックに乗せられていたからな… あるのはコントロール用のAIのみだ」

カタカタカタカタ…
 マクシミリアンはコアブロックのデータベースを探り始めた。
 しばらくの間、データベースを探ったがカーターのデータは無く、在ったのはこの船の主幹AIのみだった。
 しかし、マクシミリアンはそのデータベースの奥に厳重にロックされた、奇妙なブロックを発見し、
「こ、これは…」
「クリス、ちょっと来てくれ」
「どうしたマックス」
「お前、このデータは知ってるか」
 マクシミリアンは厳重にロックされたブロックを表示し、クリスに見せた。

【 Master Metis 】Strictly confidential AREA
「マスター・メーティス…」
「これは、ジェフリー博士専属のヒューマノイド」
「マスター・メーティスのデータか…」
 クリスは少し困惑した表情を浮かべ、
「なんでここに在るんだ」
「…わからん」
「少し探ってみる、時間をくれるか」
「あぁ、オペレーションの始動を遅らせない程度にしてくれよ」
 クリスがその場を離れると、マクシミリアンはデータの解析を始めた。
カタカタカタカタ…

数日が過ぎ

ゴォォォ…
「よし、これから分かれて、お互いのミッションを始める」
「それぞれ準備はいいか」
 クリス達の地球へ向かうチームと、マクシミリアン達のRoss 128b星へ向かうチームが、別々のミッションへ旅立つ時が来た。
 それぞれのチームのクルーは、自分が乗る船に乗船し、クリス達の地球へ向かうチームは、コアブロックに搭載されている小型探査機に搭乗し、マクシミリア達のチームはコアブロックに残り、クリス達の小型探査機を射出する準備に入っていた。

「射出シークエンスを確認、T-30からカーターのAIがオペレーションをおこなう」
「コアブロックのブースト調整は、マックス頼むぞ」

ゴォォォ…

『これよりカウントダウンを始めます』
『小型探査機、射出まで30 seconds』
「マクシミリアン!上手く押し出せよ!」

20sec

15sec

10sec
9
8
7
6
5

ZERO! Launch!!
―――ゴッ!! 

クリス達を乗せた小型探査機は、美しいプラズマの閃光と共に、マクシミリアンのコアブロックに射出され、

地球へ向かい、旅立っていった。


-Next 第二部 「対置する者-2」

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