第二部 「対置する者-2」
第5話 智将
宜《むべ》なるかな、その手に握りし物は、いつしかその手から消え去り、それが幻影であったのかと思う、そんな時が訪れるのであろう
人は希望と言う言葉に至高の価値を見出し、そこにすがろうと抗い、運命をその手に手繰り寄せようとする
求めし希望を手にした者は、その燃やした命の対価に見合う結果を得られたのであろう
しかし、それを手にできたとして、それは本当に望んでいた希望なのであろうか
その手にしたそれが望んでいた希望ではなく、その望みがその手から零れ落ちた時、人は人でいられるのであろうか
∫
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ…
黒い色の集団が、大群を成して進んでいる。
その大群は、灼熱の砂が広がる大地を進み、山々を越え、大河を迂回し、峡谷を進行し、月が二度ほど満ちた頃、
―ザッ
その地に現れた。
黒い大群は、日差しが強く、蒸し暑い海岸線を、隊列を整えながら北上し、水辺の森に設けられた、何か物々しい雰囲気を感じさせる、小さな集落らしき場所に辿り着くと、その大群は立ち止まり、じっとその目の前に現れた集落を見つめた。
そして、その視線の先には、少し開けた砂地の上に、黒く重厚な装備を備える兵士達が立ち、その奥には身分が高いのであろう、威厳を感じさせる屈強な巨人が、横に長い亜麻布を張った、堅牢な椅子に座り、その大群の様子を伺っている。
すると、黒い大群の中から美しく装備を整えた、こちらも高官らしき者が大群の前に姿を現し、横に長い椅子に座る屈強な高官の方に歩み寄っていく。
美しく装備を整えた高官は、黒く重厚な装備を備える兵士達を通り過ぎると、屈強な高官の前で立ち止まり、頭部を覆っていた布を外し、美しい顔を見せた。そして軽く腰を落とすと、その場にひざまずき、ゆっくりと頭を下げ、 威厳を感じさせる屈強な巨人に挨拶を始めた。
「ムメン様」
「要請された兵士、一千と共に武器装備を携え、只今、到着致しました」
「ネイト、ご苦労であった」
「これよりの戦に必要な兵士、軍備を無傷のままこの地に届けてくれた事に礼を言う」
「長きの遠征で疲れたであろう、今宵はゆっくりと休むがよい」
無表情ではあったが、言葉と声に優しさを感じさせながら、ムメンは言葉を返した。
「ありがとうございます。ムメン様」
「行軍は、ムメン様が未開の種族を平定して頂いたおかげで、混乱も無く兵の休息もでき、無事にこの地に辿り着く事ができました」
「そうか、かの地の種族も我々に友好的であったか」
「はい、これもニーヴァ様、ムメン様の威信から得られる賜物でございます」
「それら遠方の種族達は後に、我々カルーンの繁栄には必要な交易をもたらしてくれるであろう」
ムメンが右の拳をネイトの顔の前に出し、ネイトはその拳に額を当てると、短めの挨拶を終えた。
ネイトは立ち上がり、そばにいた側近と共に立ち上がり、ムメンの居る砂地を後にすると、行軍してきた兵士達と共に、セテトへと向かった。
挨拶を終えた兵士達は、ムメンの兵が設営した野営地のそばに、新たな野営地を確保すると、そこに簡素な天幕を設営し運んできた荷物を運び入れてゆく。そして全ての作業を終える頃になると、周囲は闇が覆い、セテトの駐留軍が灯す篝火のみがその場を照らしていた。
カルーン軍を統率するムメンは常に用意周到であった。彼は先発隊の疲弊を考慮し、今後の戦を見据えて事前に増援の要請をニーヴァの下へ送っていたのである。
その要請を受けたニーヴァは、カルーンの都が水に満たされる安全なこの時期を考慮し、ムメンの要請を了承すると、浮遊鉱石をその手に収め、その脅威となる”ニンゲン”を排除すべく、本隊である一千の兵と共に、重臣であるネイトを送り出していた。
その増援隊を率いて来たネイトは、武器を考案し製造する事を得意とした知将であり、慣れない土地での戦備を整える役割を担っていた。
夜が明け、新しい陽が昇るとネイトは兵達に戦の準備を指示し、兵達は持ち込んだ軍備から武具、装備を組み上げ始め、巨大な投石具などの重兵器も部品単位で用意し、海を渡る船を造船していった。
その間にネイトは、ムメンが休む簡素な宿舎へ向かうと中に入り、入り口の兵に声を掛けると、縦長の机が置かれている、ある程度の広さのある空間に通され、机のそばに置いてある亜麻布を使用した長椅子に腰を下ろし、目を閉じた。
ムメンの宿舎は、何室かに分かれているようで、必要に応じて使い分けられ、入り口の部屋から側近が案内する仕組みになっており、それぞれの入り口には亜麻布が上から掛けられ、空間を仕切っていた。
しばらくすると、奥にある亜麻布が開き、ムメンが姿を現し部屋の中に入ってきた。ネイトはムメンの姿を見ると立ち上がり、ゆっくりと頭を下げ挨拶をする。ムメンは無言で机の奥側に座り、それを感じたネイトは顔を上げ、再び長椅子に腰を下ろした。
その様子を見ていた側近が、木の器に水を入れ、静かに二人の前に置くと、その部屋から退出してゆき、ムメンが一口、水を口にすると、今後について会話を始めた。
「ムメン様、ニンゲンとはどの様な種族なのですか」
ムメンは目を開き、横目でネイトを見る。
「私も未だニンゲンと言う種族をこの目で見てはいない。ただニンゲンと言う種族は、恐ろしい猛火を操る屈強な種族らしいが、その威力と詳細は不明だ」
「その為、まずはニンゲンを見極めようと思う」
ムメンの視線が鋭くなる
「私を含む百の先発隊で、それらニンゲンに対し先鋭隊を率いて偵察を行う。ネイトは後方で待機し、ニンゲンが放つ猛火が放たれたら、それを抑えてくれるか」
「承知しました」
「その前に、その大陸に住む他の種族もこちらに引き入れたいと思いますが」
「そうだな、それは既にウプウアウトが二百の兵と共に、あの大陸の平定を進めている」
「多くの種族は未だに原始生活で暮らす種が多いようだが、幾つかの種族とは約束を取り付けている、あのヤァー族も協力的だ」
ヤァー族とは、あの大陸を追われ、その状況をムメンに伝えた種族で、彼らも少数ではあったが自分たちが暮らしていた地を取り戻すために、ムメンが率いるカルーン軍に協力をし、彼らはその見返りに、浮遊鉱石と思われる鉱石採掘に協力する事を約束していた。
偵察の方針が決まるとネイトは自らの兵達の下へ戻り、その兵達と共にこの地に詳しいヤァー族が集まる場所へ向かった。ヤァー族は最初こそネイトの集団の多さに驚いたが、ムメンが同行させた通訳の話を聞くと納得し、今後の戦に必要な道具と海を渡る造船の協力をする事を約束した。
カルーン兵は、砂浜に隣接する森を切り開くと、そこを作業場として様々な道具と、バラバラになった兵器を広げていった。ヤァー族はカルーン兵達が持ち込んだ、様々な装備の数々を目にすると、その技術力の高さに驚き、興味深げに一つ一つ手に取り、カルーン兵の言葉を熱心に聞きながら、作業を共にし、それら新たな驚きを貪欲に吸収してゆくと、いつしかヤァー族はカルーン族と同程度の知識と技術力を身に付けていった。
そしてヤァー族もまた、カルーン兵に海を渡る船の造船技術を教え、カルーン兵は持ち込んだ運河用の船を大海原用の屈強な船へと変化させていった。
それから陽が数度、昇り陰りを繰り返し、カルーン軍とヤァー族は戦の準備を整え終え、対岸の大陸へ向かうその時が訪れた。
まだ陽が昇り始めの、肌寒い岸辺に黒い集団が並んでいる。
ムメンは、海辺に用意された屈強な船と、それに乗船する黒い集団の前に現れると、その前に立ち、黒い軍隊に向け声を上げた。
「 鬨の声を上げよ! 」
「 我と共に! 」
「 他の種族を業火で支配するニンゲンなる種族を討ち 」
「 その地を 」
「 開放せよ! 」
―――オオオオオオオオオオオオオ!!
黒い軍隊から雄叫びが上がり、
その雄叫びは、大地を震わせ、木々を揺らした。
ムメンはその黒い軍隊と共に、未知の大陸、東の辺境の大陸へと向かい、
大海原に出帆していった。
第6話 鉛色の巨兵
ムメンが率いる百のカルーン軍兵士は、ヤァー族が準備した屈強な改造船に乗り、対岸にある海に囲まれた大陸を目指した。
出帆してしばらくの大陸に挟まれた海は、少し波が高い程度で比較的穏やかであったが、陽が昇るにつれ青々とした空に雲が混じり始めると、風の強さが増してゆき波の表情を荒くしていった。カルーン軍の兵士達が乗船する船は運河用の改造船であった為に、その荒れる波に当たるたびに大きく揺さぶられ、波間に叩きつけられていた。
――苦悶の表情を浮かべる兵士達。
波間にもまれ、必死に操舵しようと力を入れるが、運河用の改造船では荒波をいなす事はできなかった。
波に叩きつけられた何隻かが航行不能に陥り、互いの船体が激しく接触し船体を破壊してゆく。最初の数度はなんとか耐えきったが、波にはね上げられ、叩きつけられるを繰り返すと、その何隻かがその波と衝突に耐えきれず、波間に入るたびに波音と共に海の中へと消えていった。残りの船もその船体をぎりぎりと、悲鳴にも似た音を出しながら航行を続けていた。
しかし、ムメンが乗船する先行していた何隻かは、周囲で航行する船がまばらであった事と、船体自体がヤァー族が用意した大海原用の大型船の為、疲弊する事なく航行する事ができていた。
ムメンは、出遅れた何隻かを残していくと、陽が陰る前に大陸へと到着した。
ムメンは上陸すると直ぐに、岸辺の近くに根拠地を設けるよう指示を出し、兵達は疲労の表情を滲ませながらも、日没までに時間が無い事を感じると、ムメンの指示に従い作業を始める。そのムメンの指示は的確で、兵達に無駄に動く者や休む者は無く、数匹が集まる小集団単位で作業を進め、その集団が連携する事で、瞬く間に森を伐採した野営地と天幕を設営し終えた。
作業の途中で、遅れて上陸した兵士達も、持ち込んだ軍備を野営地に整えながら運び入れ、全ての兵が上陸し終える頃には、周囲は深い闇に覆われ、カルーン軍は慣れない海での行軍の疲れもあり、その日は少数の見張りを残し休む事にした。
虫の音が鳴り、穏やかな風が吹き抜けて行く。
カルーン軍の兵士達は船酔いと、荒れる海の恐怖から心身共に疲れ果て、すぐさま深い眠りに落ちてゆく。その周囲を見張っていた兵士達も同じく、意識が朦朧としながら睡魔と戦い、周囲を警戒していたが、その殆どは眠りに落ちてしまっていた。
ある一匹の兵士が眠気に耐えきれず、それを振り払おうと空を見上げると、
…空に 黒い何かがいる
「 …鳥か … 」「まぁ… るい鳥…」
彼はその眠気で、それが何なのかを判断する思考は残っておらず、
その黒く丸い鳥を気にしながらも、眠りに落ちてしまった。
… キュユユユ ツツ ピッ… ピッ…
∫
闇の空が薄っすらと白み始める。ムメンは身なりを整え、亜麻布の奥から姿を現した。
ムメンはすぐさま、そばにいた側近に偵察隊の準備を指示し、同時にネイトとカブラル、その他、重臣たちをムメンの天幕に来るように伝えると、天幕の中に設置してある、縦長の机の奥に座り腕を組むと、ゆっくり目をつむる。
しばらくすると、ムメンの天幕の中に呼び出された者達が集まってきた。全員が揃い亜麻布の椅子に座り終えると、ムメンはゆっくり目を開け、作戦行動の確認を始めた。
「カブラル、あれを出してくれるか」
ムメンはカブラルに、ウプウアウトの兵が事前に調べていた、ある物を出すように求めた。
カブラルは、丸く纏められた、生物の革をなめした何かを取り出し、ムメンの前に広げた。
「ムメン様、こちらがあの黒い物体の周辺を記した図になります」
「黒い物体の周辺は焼け落ち、その物体に続く様に焼けた跡が長く続いており、大地が大きく削られている事から、その物体が移動したのではないかと思われます」
「我々の位置は、黒い物体から離れた丘の奥だな」
「はい、ムメン様」
全員がムメンが指す、しるしを見つめる。
「それと、カブラル」
ムメンが少し顔を上げ、カブラルを見る。
「お前は炎を操る者達を見たか」
「炎は見てはおりませんが、鉛色の兵士らしき五匹ほどが、黒い物体の回りを取り囲み、時折、ヤァー族に似た生物が、その黒い物体より出入りしているのをこの目で見ました」
「ヤァー族に似た者だと」
ムメンの表情が険しくなる。
「はい、ヤァー族と全てが同じではありませんが、顔つきや肌の色などは似ているかと」
「その種族は、薄く白い衣を身に纏い、その雰囲気からヤァー族より知性は高いかと思われます」
…ニンゲン とは…
…詳しく知りたい
ムメンは訝しげな表情で少しの間、腕を組みながら考えると、ネイトの方に顔を向けた。
「ネイト」
「はい、ムメン様」
「其方の兵達の中に、巨体の重装兵達がいたな」
「はい、重く硬い武具をその身に纏う兵士がいますが、現在は投石隊として後方に控えております」
それを聞いたムメンは、その目の奥を鈍く光らせ、ネイトを見る。
「ネイト」
「その兵達と共に、その白い衣を纏う種族を捕らえ、我が下へ連れてこられるか」
ネイトはその言葉を聞き、少し驚いたが、表情には出さずムメンに応えた。
「わかりました、捕らえて見せましょう」
その言葉を聞いたムメンは、先発隊の目的を偵察と共に、ニンゲンの捕獲もその中に含め、具体的な行動の策を練っていった。
そうして再び陽が陰り、全てが漆黒の闇へと閉ざされると、周囲は虫の音だけが響き渡り、闇の夜空に美しく煌めく星々が流れていった。
漆黒の闇に包まれている森が揺らめいている。その闇に紛れるように、物静かに多数の黒い影が動き始める。その黒い影達は、よく訓練されているのであろうか、視界もままならない闇の中で、乱れる事無く整然と並び出し、物音一つ立てずに隊列を整え終えた。
その目の前には先端が二股に分かれた巨大な槍を持つ巨人が、その隊列が整うさまを見つめていた。
闇の中に、五十の先発隊が集まり終えると、再び周囲は、漆黒の静寂に閉ざされた。
無音の闇が全てを支配している。
一時、闇に同化したムメンは、静かに右腕を上げ、その手に握る巨大な槍を大きく掲げると、
ムメンは、ゆっくりと巨大な槍を振り下ろした。
その合図と共に、
黒い集団は、静かに作戦を開始した。
ある者は、木々の隙間を抜けゆっくりとその歩を進め、
ある者は、木々の枝を渡り、その身軽さから先行し、
ある者は、大きく迂回し、その周囲を囲んでいった。
… キュユユユ ツツ… ピッ
ムメンは木々の隙間を抜け、闇に覆われた森の奥深くへと進み、黒い物体が小さく認識できる高台までたどり着くと、その歩みを止める。
そして周囲を見渡し、静かに合図をすると、兵達を予定の配置につかせ、再びその身を闇と同化させていった。
…虫の音が穏やかに鳴り響く。
ムメン達はしばらく漆黒の闇から、その黒い物体を見つめていると、黒い物体を囲むようにその周囲から、火矢が空へと放たれた。
それを見たムメンは、火矢が上がると同時に巨大な槍を上げ始め、
それと呼応するように、少し離れた場所に置かれている巨大な何かが、その羽らしき湾曲した巨大な板を広げ始めると、その羽、雷を集中させる盾の内部が蒼白い光を放ちながら激しく輝き出し、その光が限界に達した時、
ムメンは、その腕を振り下ろした!
「放て!!」
ゴッツ…
――――――バァァァァァァァ!!
周囲を激しく震わせる雷鳴と共に、雷を集中させる盾が閃光を放ち、黒い物体に向け蒼白色の稲妻、雷神の雷が放たれた!
―――ピィ! ピィ! ピィ! ピィ! ピィ!
――――――――――――――――――――――――
蒼白色の稲妻は、激しい閃光と共に渦を成し、周辺の森を切り裂きながら、黒い物体に到達。
その周辺は天をも照らす程の激しい光と共に、全てが吹き飛び、その凄まじい衝撃波が大地を震動させると共に、大気をも震わせ爆風となりながら周囲に伝播してゆく。
一時、周囲を覆い尽くした白い光が治まると、黒い物体から巨大な煙の柱が天に向かい立ち昇り、その周囲にはそこに何があったのかさえも解らなくなる程に融解し、そこから伝わる熱がその砲撃の激しさを物語っていた。
「…」
ムメンは高台からそれを見つめる。
しばらくし、火の勢いが緩んでくると、
「歩兵を前へ」
歩兵を黒い物体に向け進軍させた。
歩兵は、小さな浮遊鉱石が装飾されている盾と武器を合わせ、身を守る程の大きさの蒼き稲妻、雷神の盾を発生させると、雷神の盾を装備する数名の兵士を先頭に、後方の兵士がゆっくりと黒い物体へと近付いてゆく。
兵士達の周りは、進軍すると共に焼かれた周囲の熱が増してゆき、その熱は兵士たちの身体を覆い、その熱を雷神の盾で抑えながら、じりじりと前進してゆく。
進軍する兵士達の額には、止めどなく汗が流れてゆき、その汗は頬に届く前には蒸発し消えて無くなる程に、黒い物体の周囲は灼熱と化していた。
―スッ、スッ
雷神の盾を装備する兵士は、ある程度、黒い物体に近付いたのを確認すると、後方の兵士に合図を送り、攻撃をするポイントを指示しながら、隊列の展開を始めた。
その時!
―ゴォォォ!!
炎と黒い煙の奥から、兵士達に向け激しい炎が放たれた。
雷神の盾を装備する兵士は、その炎を受け、一瞬怯み後退したが、直ぐに体勢を整え、その炎に雷神の盾を向け、炎を抑えた。
―バァァァ!!
しかし、炎の勢いは凄まじく、雷神の盾を装備する兵士は徐々に押されてゆく。
「があぁぁぁぁ… 」
雷神の盾を装備する兵士は盾を炎に向け耐え続け、炎の隙を見つけるべく、炎を見つめ続けると、その揺らめく炎の奥に、巨大な動く何かが見え始め、
あっ…
あれは なんだ!
―――ゴォォォン!!
すると突然!
激しい炎の隙間から、重苦しい地響きと共に、炎を切り裂きながら巨大な何かが、姿を現した。
「な、なまりいろの… 」
「 巨兵… 」
第7話 接触
目の前の視界が、強烈な光に覆われる。
同時に身を震わすほどの雷鳴が周囲に伝播し、熱風が強風となりながら襲ってきた。
ムメンは、その雷撃の一部始終を、丘の上から見つめていた。
その視線の先には、巨大な煙の柱が天に向かい立ち昇り、その周囲にはそこに何があったのかさえも解らなくなる程に融解し、ゆらゆらとゆれる陽炎が、その激しさを物語っていた。
「第二射の準備は出来たか」
腕を組みながら、冷静な表情でそばにいる兵士に状況を確認するムメン。
「雷神の雷第二射、間もなく整います」
「よし、合図を待て」
激しく融解する大地を見つめ、その表情を変える事無く兵士に指示を出す。
ムメンは今回の遠征で、あの黒い鋼の外骨格を持つ種族を討ち取った武器、雷神の雷をこの地に持ち込んでいた。
雷神の雷は中程度の浮遊鉱石を使う中長距離砲であり、そのあまりにも激しい破壊力の為に浮遊鉱石の消耗は激しく、砲身も砲火の度に焼け爛れ、その度に交換をしなくてはならない、手間の掛かる貴重な武器であった。
しかし、ムメンはあえてこの偵察で雷神の雷や、雷神の盾を持つ兵士など、一線級の兵力を投入したのには訳がある。
「奴等は、この後どう出てくる…」
「赤き猛火を操る種族、ニンゲン」
「私の問いにどう応えるのだ、その力を見せよ!」
そう、ムメンはあえて最大限の破壊力を持って攻撃を仕掛け、それに対し相手がどの様な反応を示すかで、赤き猛火を操る種族の能力を見極めようとしたのである。
砲撃を受けた黒い物体の周囲では、黒色の外骨格を持つ種族が立ち上がり、雷神の盾で身を守りながら進攻を始める。
彼ら、雷神の盾を持つ兵士達は、その黒い外骨格で身を守る事ができる種族で、灼熱にも耐えられる身体を持つ事から、黒い鋼の外骨格を持つ種族の末裔ではないかと考えられている種族達であった。
そんな、雷神の盾を持つ兵士達は、轟々と音を立てて燃えさかる炎の中を、躊躇なく進んでゆき、警戒しながら、じりじりと前進していた時、火竜のような旋風が交錯するその先に、周囲の炎を身体に反射する不気味な存在を見つけた。
「な、鉛色の巨兵!」「鉛色の巨兵だ!」
「火矢を放て!」
雷神の盾を持つ兵士が、後方にいる兵に向け指示を出す。
指示を受けた、後方を守る兵士は、腰袋から丸く成形された火薬を取り出し、それを矢先に取り付けると火を付け、上空へ放った。
その火矢は、激しく光りながら、それぞれ色の異なる煙の尾を引いて上空へと昇ってゆく。
そして、黒い物体から遠く離れた丘の上で、様子を伺っていた兵士が煙を確認すると、声を上げた。
「ムメン様! 連絡の火矢です! 赤二!青二!です!」
「投石隊!火矢の前方に甕を投げ込め!」
ムメンは兵の声を聞くと、間髪入れず後方で待機していた投石隊に向け、声を発した。
「…オォォォォォォォ」
すると、後方の丘で待機していた、青白い体の巨体生物、数体がうなり声を上げながらその体をゆっくりと持ち上げる。
そして、物凄い地響きを上げながら歩き出し、投石器の真横に立つと、大地に押さえ付ける様に下半身を低くし、巨大な木の幹を振り上げ、
「フッン!!」
「ガアァアアアアア!!!」
力強く振り出した。
物凄い破裂音と共に、投石器の後ろに積まれていた、木の束を激しく破壊。
―ギャァァァァァァ!!
その木の束で止められていた、投石器が悲鳴にも似た鈍く重い唸り音を上げ出し、太く長い柱が大きくしなりながら回転し始め、先端に積まれた甕を空高く投げ飛ばした!
投げ飛ばされた甕は、黒い物体のいる炎の中へと飛んでゆく。
その黒い物体の周囲では、鉛色の巨兵達が炎を放ちながら雷神の盾を持つ兵士の方へ前進してくる。
雷神の盾を持つ兵士は、蒼白く輝く盾で、炎を押し返しながら、少しずつ後退してゆく。
―ピィ! ピィ! ピィ! ピィ! ピィ!
炎の奥から、奇妙な音がけたたましく鳴り響く。
ヒュ…
――― ゴッツ!! ガァ!!
突然、上空から何かが飛来し、鉛色の巨兵に激突した!
――― ズガァーン! ガン、ガン、ガン…
上空から飛来した物体を、その身に受けた鉛色の巨兵は、後方に激しく倒れ込む。
ギッ… ギィ…
――― ゴッツ!!
続けざまに飛来物が黒い物体と、鉛色の巨兵に向け打ち込まれる。
すると、徐々に白く濁る水蒸気が周囲に漂い出し、他の場所でも同様に飛来物が撃ち込まれると、黒い物体の周囲は炎の勢いが弱まり、黒煙と白く濁る煙に消えていった。
ゴォォォォ…
全てが静寂に包まれる…
「…」
雷神の盾を持つ兵士は盾を構えながら、視界もままならない、灰色の闇の中を、ゆっくりと前進してゆく。
―ヒュュュゥゥ ルルルルル…
不気味な音が、煙の奥で響いている。
雷神の盾を持つ兵士は意識を集中し、音のする方を見つめる。
―――
薄闇の灰色の視界の奥に、今までに見た事の無い鋭く光る赤い光が、雷神の盾を持つ兵士の前方で、淡く光り出した。
〘 No.2、3、5 OKストップだ、カノンを下ろせ 〙
〘 一旦、下がるんだ 〙
ピッ …
『…何処だ…』
『鉛色の巨兵… 何処にいる…』
灰色に混じった白い煙が漂い出し、兵士たちを包んでゆく。
『 …ど、 ど こ な ん… 』
バタ…
雷神の盾を持つ兵士が倒れた。
バタ… バタ… バタ…
次々と後方の兵士達も倒れてゆく。
そして、黒い物体の周囲は白い煙で覆われ、森全体が煙で見えなくなっていった。
その異様な雰囲気を察知したムメンは声を上げる。
「どうした!」
「何が起こっている!」
「雷神の雷は打てるか!」
「はい、準備は整っております」
「あの白い煙、黒い物体が…
その時
―――キィィィィィィィーーーーーーーーーーーーー
「はぁう!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「なっ、な ん だ…」
「こっ、 こ の お と は !」
「あぁぁぁ!」
突然、ムメンの頭の中に突き刺さる様な音が鳴り響く。
その音は身体の自由を奪い、ムメンは頭を抱え、その場にひざまずいた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ムメンの周囲にいる兵士達も、もだえ苦しみながら頭を抑えて、その場に倒れてゆく。
すると、
―フッ
突然、ムメンの目の前に一筋の光が差し込んできた。
…こっ、 これは
この ひ か り は なんだ!
その光は徐々に濃くなりながら、太さを増してゆき、
強烈な輝きが、光の柱となった時、
光柱の中に、何かの影が浮かび上がりはじめ、
ムメンが、その中に存在する何かに気が付いたその瞬間、
それが、ムメンの眼前に
現れた
―!
すると突然、ムメンの頭の中に幾つもの映像が流れ始め、ムメンの意識を支配していった。
その映像はムメンが理解できるものと、理解できないもの。ありとあらゆるイメージが映し出され、いつしかそれは光と闇が絶え間なく繰り返される映像と重なり、ムメンは激しく混乱した。
そして
…
… お …
… おまえたちは …
… おまえたちは… なぜ …
… われわれを …
… われわれを こうげきする …
―なっ!
ムメンの意識の中に、何かの意思が入り込み、
その言葉は繰り返され、何度も何度もムメンの頭の中に鳴り響いていた。
しかし
… クッ
「お前達こそ何者だ!」
「ヤァー族の言葉を使うなど!ヤァー族か」
「それとも、この地を侵略する」
「ニンゲンか!」
「答えろ!」
…
… われわれは …
… 人間だ …
… かつて、この地で暮らしていた、貴方達と同じ、この地の住人だ …
「この地の住人だと!」
… そうだ、我々は仲間だ …
… これを理解し …
… 互いを理解するには時間が必要だ …
… 互いに理解し …
… 協力しながら …
… この地で暮らす事はできる …
「なっ!」
その意識の中で響き渡る声は、ムメンの目の前で光昭《こうしょう》と輝く、光の柱の中に淡く浮いている生物から発しているであろう事は解っているが、その声に応えるには、あまりにも状況が異常過ぎた。
ムメンの表情はみるみる怒りに満ち始め、その声を振り払おうと全身に熱が満ちて行き、懐に滾る衝動を抑えながら、太く震える声を光の柱に向かい、放った。
「ならば!この拘束を解き放て!」
すると
ムメンの頭の中で響いていた音は消え去り、身体の自由を奪っていた音の脅威から徐々に解放されてゆく。
…
静寂が周囲を覆う。
ぬ…
『 ヌ!ガァ ァァァァァァァァァァァ!!! 』
突如、ムメンはその懐にある衝動を爆発させたの如く、激しく唸り声を上げると、物凄い速さで立ち上がった!
そして、
―ザァッツ!!
ムメンは光の柱にいる生物に、槍を突き立てた!
しかし、
ムメンはその光を通り抜けてしまい、光の柱にいる生物は、それに合わせるように、ムメンの方へと、身体を向ける。
ムメンは振り返り、光の中の生物を視界に捕らえると、異常な速さで槍を振り上げ、
『 オォォォォォォォォォォォォォォ!!!! 』
黒い物体に向け、投げ放った!
――― シッッッ!!!
――― ゴッ ォォォォォォォォ ンンンン!!!!!
ムメンの槍は、空気を切り裂き、一瞬にして黒い物体に到達した!
が、
黒い物体は槍の到達と同時に、その前方に光の壁を発生させ、
槍を止めた。
しかし、
…ゴッ!!
槍の勢いは凄まじく、鉾先の先端は光の壁を変形させながらそれを貫き、
黒い物体の一部を抉っていた。
ゴォォォォ…
「協力だと…」
「ふざけるな!」
憤激の形相を浮かべるムメン。
「我々に協力を求めるなら!」
「まず!この地から立ち去れ!」
「それが出来ぬなら!」
「 我々に恭順するか、死を選べ! 」
凄まじい形相を浮かべながら、ムメンはその言葉を発した。
…
… わかった …
… お前達の …
… 仲間になろう …
再びムメンの頭の中に言葉が聞こえてきた。
そして、周囲が静寂に包まれ、光の柱は消えていった。
ズゥン…
ズゥン、ズゥン、ズゥン
遠くの方から、地響きを響かせながら、何かが近付いてくる。
それは巨大な何かが移動しているようで、ムメンは丘の上に立ち、音が響く方角を見つめている。
そして、
―ズゥン!!
身体を鈍く光らせる、鉛色の巨兵、二体が、
ムメンの前に顕現した。
「鉛色の巨兵!」
ムメンは目を見開き、自分と同じ背丈はあろうか、この世の生物とは思えない外見を持つ鉛色の巨兵を見つめる。
ムメンと鉛色の巨兵が向き合うと、お互いがその場に対置した。
「ネイトはいるか」
「はい、此方に」
「ニンゲンよ!」
「我々は、我とネイトのみだ」
すると、目の前に現れた鉛色の巨兵、一体がゆっくりとひざまずき、周囲に空気が抜けるような音が響くと、体の上部が開き始める。
その生物とは思えない物体の動きを、ムメン達は静かに凝視している。
巨兵の上部が徐々に開き、動きが止まる。
――!
すると、巨兵の体の中が動き出し、何かがゆっくりと身を起こすと、鉛色の巨兵の中から、小さな生物が、ムメンの目の前に現れた。
―カッツ!
『 これが、ニンゲン か 』
ムメンは目を見開き ニンゲン をその眼前に収めた。
第8話 深化
ムメンの目の前で跪く鉛色の兵士。
その姿はセトが今まで見た事の無い外見をし、その生気の無い、鉛色の金属らしき物質で覆われた体から放たれる異様な雰囲気は、否応なしに周囲を威圧し、ムメン達はその全てを、鋭い眼光で見つめている。
「…ムメンさま」
―ザッツ
鉛色の兵士から出てきた生物は、そこから大地に降り立ち、ムメンたちの目の前にその体を向け、互いを見合うように正面に立つと、しばらくその場に佇んだ。
「これが ニンゲン か」
そのニンゲンと思われる生物の雰囲気は異様で、身長はムメンの半分ほどであったが、全身が銀色に輝き、頭部らしき部分は黄金色に光る外骨格に覆われ、おおよそムメン達が知る生物のそれとは大きくかけ離れていた。
―シュッ
突然、頭部の黄金色に輝く外骨格が消え、そこには、
ヤ、 ヤァー族…
見慣れた、ヤァー族に似た顔が現れた。
―張り詰めた空気が、互いの間に満ちてゆく。
「ニンゲンよ、我が名は ムメン」
「貴様たちはなぜこの地に来た」
ヤァー族の言葉で話し始めるムメン。
「勇猛な軍隊を率いるムメン」
「私は、クリス・ファレル。後ろにある黒い船のリーダーだ」
クリスもヤァー族の言葉を使い、ムメンに声を掛け、簡単な挨拶をした。
「勇猛なるムメン。我々はまだあなた達が話す言葉の全てを、理解していない」
「私は、あなた達を理解する為に、あなた達が使う言語を理解する必要があります」
「その時間を少し頂けますか」
クリスは丁寧に、しかしごく簡単にそう言うと、黒く薄い、小さな丸い何かを取り出し、それを手のひら程の物体に乗せ、ゆっくりとムメン達の方へ飛ばしていった。
スゥッ…
小さな物体はムメン達の近くに来ると、その飛行を止める。
「申し訳ない、数日間だけそれを体に付けて頂けますか」
「それを付けてくれると、我々はあなた達の言葉を理解できるようになります」
ムメンの眼光が鋭くなる。
「何を言っている」
表情の変化に気が付いたクリスはオスカーを呼び、
「オスカー、例の物を持ってきてくれ」
―ズゥン、ズゥン
重厚な地響きを周囲に響かせながら、もう一体の鉛色の兵士、人型の機動装甲(MT)が動き出し、その手に先端が二股に分かれた巨大な槍を抱え、クリスの方に近付いてきた。
「この槍は、あなたの物ですね」
「お返しします」
クリスがそう言うと、オスカーはその槍をゆっくりと地面に置いた。
「私たちに敵意はありません」
クリス達は両手を肩の高さまで上げ、ムメンを見つめた。
…鋭い眼光で、クリス達を視界に捕らえ続けるムメン。
「ニンゲンよ」
「私はまだ、お前たちを信用していない」
そう言うと、ムメンはゆっくりと槍に近付き、
…ザッツ
槍をその手で握ると、ゆっくりと持ち上げた。
そして、
―ガッツ!
その槍を大地に突き立て、
槍を横にすると、クリスに槍の全体を向けた。
「来い」
ムメンはクリスに、こちらに来るように促した。
クリスは表情を変えず、ムメンを凝視し、ゆっくりと、ムメンの下へ近付いてゆく。
そして槍の前に来るとその歩みを止め、ムメンの顔を見つめる。
ムメンは槍の前で歩みを止めたクリスを確認すると、視線を槍の先端に向ける。
クリスはそれに気が付き、横目で槍の先端を確認し、視線をムメンに戻すと、ムメンの目を見ながら、
槍に触れた。
その時、
―がっ!
クリスの身体が突然、硬直する。
「クリス!」
オスカーがクリスの異変に気が付き、機動装甲(MT)が身構える。
―バッツ! ギィィィ…
同時に、機動装甲の動きを察知したネイトが弓を構え、機動装甲を狙う。
「ネイト、やめろ」
ムメンがネイトに命令し、
ネイトは、機動装甲を視界に収めながら、その手にした弓を下ろす。
それを確認したオスカーも、再び両手を上げた。
… あぁぁぁぁ
硬直するクリスの意識の中に何かが浮かんできた。
『 …く くろい きり… 』
―!
クリスの意識に浮かんだ黒い霧は一瞬で消え、意識が戻ると少しの間、呆然としていたが、すぐさまムメンの方へ顔を向ける。
ムメンも同じくクリスの顔を見ると、その槍を再び自身の横に置いた。
「ニンゲンよ」
「陽が三度登った時に、再びここで相見えよう」
ムメンはそう言うと、クリスから渡された黒い何かをネイトに持たせ、その場から去って行った。
… サイマティクス・イメージ か
∫
蒼き稲妻と赤き猛火の接触から、三度目の陽が昇った時、
… ザ
ザ
ザッ
―ザッ!
ムメンと、カルーン軍の兵士達は、クリス達と接触した同じ地に現れ、
両者は再び、
対置した。
ムメンはクリスを見つめると右腕を上げ、手のひらを広げる。
スゥッ…
すると、その手のひらから、黒い小さな何かの物体がクリスの方に向かい、飛行を始める。
…
その物体は、クリスの前に来ると制止し、クリスは右手を上げると、その物体をその手に収めた。
「ニンゲンよ」
「私の言葉が分かるか」
ムメンは、ヤァー族の言葉ではなく、カルーン族の言葉で話し始めた。
…
クリスはムメンを見つめながら、その言葉を理解したかのように小さく数度頷くと、
「勇猛なる戦士、ムメン」
「貴方の真摯な対応に感謝いたします」
ムメンと同じカルーンの言葉で話し始めた。
「 フ… 」
「フッ ハハハハハハハハハハハハハ!!」
「アッ! ハハハハハハハハハハハハ!!」
ムメンがその太い声で、ひときわ大きく、高らかな笑い声を上げた。
「ニンゲンよ、私はお前たちをもっと知りたい」
「銀色の戦士、クリス」
―ガッツ!
すると、突然ムメンはその手に持った槍を地面に突き立て、
―バッツ!
その槍を横にし、クリスに槍の全体を向けた。
「受け取れ、協力の証だ」
それはカルーン族の儀式らしく、信頼の証として自らが大切にする分身を相手に渡す風習がカルーンには存在していた。
クリスはムメンの視線からその意図を感じ取り、ムメンを見つめながら、ゆっくりと槍に近付くと、
―ガッツ!
その槍を握りしめた。
クリスが握った槍は、クリスの身長を遥かに超え、一握りでは収まらない太さをし、その重さも人が持てる限界を超えた、巨大な槍だった。
しかし、クリスの銀色に光るボディースーツが一回り程大きく膨れると、その槍を軽々と持ち上げ、
―ガッツ!
その槍を大地に突き刺し、自身の横に収めた。
「ほぉう」
「槍を、その身体で軽々操るとは、我々の仲間にはいない種族だ」
槍を収めたクリスは、ムメンを見つめながら、左の手のひらをムメンの方にかざし、その手のひらから光が放ち始めると、ムメンの目の前に何かの映像が映し出されてきた。
「我々は、高度な技術を操り、この惑星の外から、この地に降り立ちました」
「私たちの目的は、この地を征服する事ではなく、もう一度、あの宇宙へ帰る事です」
ムメンがクリスの言葉に耳を傾ける。
映像の中心に地球が現れると、ムメンが見た事も無い生物達の暮らしが映し出されていく。
「かつてこの惑星は、我々が暮らしていた、星でした」
「しかし、その星は終わりを迎えつつあり、我々はこの星を救う為、種を後世に繋げてゆく為に、この星から旅立ってゆきました」
映像が宇宙へと切り替わり、星々の渦、銀河系が映し出されると、小さな地球が中心に移動し、そこから銀河に散らばる光の粒達を映し出した。
「この宇宙には、我々でも知らない、数多くの生命が暮らし、生命が誕生する前の星々も多く存在しています」
数多くの光の粒が飛び出した地球から一つだけ、銀河系を離れる光の粒が現れ、映像はその光の粒にフォーカスし始めると、その光の粒が向かう先の 星が現れた。
「我々は、種を後世に繋げてゆくためにこの地を離れ、長い年月を掛け、遠いこの星を目指して旅立ってゆきました」
「しかし」
映像が湾曲した光に包まれる、黒い渦を映し出す。
「我々は、この黒い渦により、希望を繋ぐことが困難な状況に陥り」
「種を繋ぐために、二つの星に希望を託す事を決め」
「私達は、かつて暮らした、この星」
「地球へと戻ってきたのです」
ムメンは静かにクリスの話を聞いている。
「しかし、この星には、かつて我々が暮らした世界は消え去り、新しい世界が創造され、我々の居場所は無い事を悟りました」
「残る希望は、分散したもう一つの希望」
クリスが映像に浮かぶ星、Ross 128bと表示された星を指す。
「ここに向かう事」
「これが我々の希望です」
クリスがムメンを見つめる。
「あの黒い船」
「我々の探査船が飛び立てるまで、少しだけ時間を頂きたい」
「我々が来た事で失った自然は蘇らせ、お返しする」
クリスがそう言うと、
後ろにいたオスカーが円盤状の何かを空中に浮かべ、機動装甲の横に移動させる。
そして、そこから光が放ち始めると、大地を照らし出した。
すると
円盤状の何かから放たれる光が濃くなり、その光は徐々に中心付近に収束し始め、その濃い光がしばらく続くと、その光の中から生成された植物が姿を現し始めた。
「おおお…」
ムメンの背後にいる兵士達から声が上がる。
「…面白い」
「ニンゲン… 実に興味深い」
ムメンが小さな声で囁くと、
「銀色の戦士、クリスよ」
「我々は、これを求めている」
ムメンはそう言うと、手のひらに乗せた浮遊鉱石を見せ、それを手のひらから落とした。
その浮遊鉱石は大地に落ちる事なく、その場に浮き、
ムメンは更にもう一つの浮遊鉱石も同じように空中に浮かせると、
―ピン
片方の浮遊鉱石を指ではね、浮遊鉱石同士を近付けた。
―カッツ!
浮遊鉱石同士が触れ合った瞬間、
ゴォォォ…
激しい蒼白い光を放ち始めた。
ピピピピピピ…
すると、その蒼白い光と共にオスカーが持つ何かが反応しだし、奇妙な音を発し始めた。
「…どうやら、興味はありそうだな」
ムメンが鋭い視線で、クリスとオスカーを見つめている。
オスカーはその音を抑えると、訝しげな表情を浮かべながらクリスに近付き、耳元で話し始めた。
「クリス」
「あれは、例のあれかもしれません、ジェフリー博士が探していた…」
「…フォルトゥーナか」
「えぇ… サイマティクスが反応しています。その可能性が高いです」
「まさかな…」
「フォルトゥーナが地球にあるとは」
クリスが息を吸いながら目をつむり、天を仰いだ。
その訝しげな表情をするクリスとオスカーの様子を、鋭い眼光で見つめるムメン。
しばらくその様子を伺い、ふと口元に微妙な笑みを浮かべると、
「銀色の戦士、クリス」
「我々の、仲間よ」
「我と共に、歩むか」
クリスを見つめるムメンの眼光が 鋭く光り始めた
遥かなる星々の物語
第二章 「神々と呼ばれし者達」 第二部 「 対置する者 」
END