勘違い
恋はするものでなく落ちるものだ、とは誰の言葉だったか。
人を好きになることは悪いことではない。
発端は何だったのだろうか。今となっては全く思い出せない。
好きになってしまったのだ。これは叶う確率が限りなく低い、徳川埋蔵金を見つけるより低いのではないだろうか。叶わぬ恋と言っても法に触れるものでもない。してはいけない恋ではないのだ。ただ、叶わぬというだけで。
このような、法に触れるわけでもなければ、略奪やなんやかんやではない、ほんとに叶わぬだけの恋をしたある人は少ないのではないだろうか。逆に、したことのある人はわかるのではないだろうか。冷静に考えて、叶わない、頭ではわかっている、理解している、のに、好きになってしまった、この感覚が。
夢を見ている、夢見がち、夢想家。なんとでも言えばいい。
そんな恋の話。
好きになってしまった、この恋心を乗せた特急列車は止まらない。
知りたい知りたいと思えば知りたい気持ちを止められなくなる。これは冷静に叶わぬ恋と、客観的に考えて理解しているが故に好きだとメタ認知してしまう。悪循環なのだ。
知れば知るほど好きになったという恋もあるだろうが、私は逆だ。
知れば知るほど、嫌いになってしまうのだ。好きだから知りたい、でも知れば知るほど嫌いになる。嫌いになるというのは些か大袈裟な表現かもしれない。正確には好きではなくなる、というのが正しいか。
知ると言っても、相手の表面的なものではなく、内面的な、そういうものを知ると好きでなくなってしまうのだ。
表面的なもの、曖昧でわかりにくいが、ヘビーな喫煙者であろうと酒癖が悪かろうとギャンブル狂いであろうと、呆れたりガッカリする気持ちが先にくるからなのか、好きでなくなるというわけではないのだ。そういう人なのか、げげ…くらいの気持ちだろう。
ただ、内面的なもの、これは考え方のこと。
この出来事に対してこういう考え方をするのか、と知ってしまうとなぜか好きでなくなってしまう。
予想に反したからなのか、内面は見た目ではわからない部分だからなのか。自分が勝手に理想を作り上げて、表面的なものから勝手な想像をしてしまった、様々な予測を立てることはできるが、実際の所どんなに考えても答えは出ない。
ただ一つわかることとすれば、
所詮、恋は勘違いなのだ。