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大切な今と、懐かしい過去(和歌)

 いつかの日常が思い出になってしまった事が、日常がいつか思い出になってしまう事が、たまらなく悲しい。そんな気持ちになる事が、時々あります。

 眠れない夜、なつかしい音楽を聴きました。
 一時期どっぷりとハマって、何度も何度も聴いた音楽でした。大学の自習室で、気分転換に聴き耽ったり、眠気に襲われるままに子守唄代わりにしたものです。
 夜も更けて早く眠りにつきたかったけれど、待っても待っても睡魔はやって来ず、しばらく眠れそうにないと諦めてイヤホンを耳に挿し、疎遠になっていた曲を何気なく再生した瞬間、大学の自習室の、無機質なあの空間がフラッシュバックしました。明るすぎる白い照明や、無関心な空気感や、そこへ向かう道中の景色や、その日々の日常が、鮮明に脳内に蘇りました。
 そして、その日々がとっくに過去のものになっていることが、それが再び日常となることは決してないことが、たまらなく悲しくなりました。

 クローバー栄える近道を抜けて毎日自習室に通い、資格試験の勉強をした。課題をした。アルバイトに疲れてまどろんだ。卒論に頭を悩ませた。学科の資料室へ行けば、気の置けない仲間がいた。時々言葉を交わしながら、各々が文学に向き合う空間が心地よかった。

 そんな日々が懐かしくて、戻りたい。でも、今の日常もまちがいなく、ネックレスに連ねられる真珠の一粒一粒のように、大切なもの。新しい家にも、出会った人にも慣れ親しんで、昔とは違った日常が形作られています。この日常が、いつか過去になって懐かしく思い出されるのかと思うと、これもまたたまらなく悲しいのです。


いとどしく過ぎゆく方の恋しきに
うらやましくもかへる波かな
(『伊勢物語』七段/『後撰集』巻十九、覉旅、1352、在原業平)


(意訳)
ただでさえ、通り過ぎて来た往時が恋しいのに、
寄せては返す波の、なんと羨ましいことよ。


 海岸線が現在で、海原が過去、あるいは離れて来た地でしょうか。どうしようもなく過ぎ行く「今」に確実に追いつきつつ、戻ることもできる、そんな波が羨ましいです。




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