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初夢に和歌を。
師走もあっという間に半ばを過ぎました。
街に出ればクリスマスを、スーパーへ行けば正月を、テレビをつければ年末を、こたつに入れば引力を感じる、愉快でさびしげな季節です。
そして、読む人も限られたささやかなえりんぎの記事では、ばっちり迎春に備えようと思います。
以前こちらの記事でさらっと触れるも、あえて深入りしなかった和歌を紹介します。
ながきよの とをのねぶりの みなめざめ
なみのりふねの をとのよきかな
大学の講義で、教授が「参考程度に」と丸っこいかわいい字で黒板に書いて以来、私を魅了して止まない歌です。
作者も出どころもはっきりしないこの謎の和歌は、解釈も色々なパターンがあって定まっていません。第二句の「とを」に当て得る漢字がいくつかあるようで、「十」だとか「遠」、「疾う」などの説があるそうです。(鈴木棠三『こどば遊び』講談社、2009年)
読み方が豊富にある中でも、私の好みに沿って解釈した表記と現代語訳を記します。
長き夜の 遠の眠りの 皆目覚め
波乗り舟の 音の良きかな
(意訳)
真夜中、人々が深い眠りから目を覚ます。
遠くから、ちゃぷんちゃぷんと、舟の音が心地よく響いてくる。
しめやかで、ひそやかで、妖しく神秘的な夜のしじまが、歌から漏れ出てくるよう。波に揺蕩う舟の音が、闇の静けさを引き立たせます。
人々が目を覚ましたことも、舟の音が響いていたことも、人々の夢の中の出来事かもしれないと、そう思わせられるほど、謎めいて不思議な魅力のある歌です。
実はこれは、回文歌として有名な歌です。上から読んでも下から読んでも同じ、というやつ。この魅力に溢れた和歌が回文になっているだなんて非常にびっくりんこしそうになりますが、「意味」よりも「音」を優先して作られているからこそ、ナンセンスチックな魅力が生まれたのでしょうね。
この和歌が迎春にどう関係するかというと、よい初夢を見るための縁起物として使われていたのです。七福神を乗せた宝船を描いた紙に「なかきよの〜」の歌を添え、初夢を見る日(東京は正月二日の夜、関西は節分の夜)に枕の下に敷いて眠る風習があったそうです。(『年中行事大辞典』吉川弘文館)
「初夢」の厳密な日付は置いておいて、「初夢」っぽいお正月に、神秘的な和歌の上で眠ってみるというのはいかがでしょうか。達成した人が存在するのか分からない「一富士二鷹三茄子」をほのかに期待して。
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