「学習の原則」⑥ アプリオリの原則
ハイパフォーマンス・コンサルタントの髙澤健(たかざわたけし)です。
あなたが「最高の自分」に向って成長し続けることに役立ちたいと願って書いています。
「成長し続ける」=「学び続ける」 です。
「学習の原則」についてシリーズで考えることで「成長し続ける」ヒントを得ようと考えています。
学びに関心をよせる以下のような方にお役に立てるよう努めますのでよろしくお願いいたします。
自分自身の成長のために学び続けたいと願っている方
部下を育成する立場や人を教える立場で他者の学習を支援している方
人材育成コンサルタントや教務主任のように学習を促進する学習環境や学習システムを設計している方
(質問・疑問・要望・ご意見などコメント欄にお願いいたします。)
第6回は、「アプリオリの原則」です。(今回3,000字近くなってしまいましたのでご注意ください)
アプリオリとは?
アプリオリ(a priori)はラテン語で、元々の意味はスコラ哲学において定義や原理から議論を始めることです。しかし、カントの認識論が登場してきてからは「経験や事実に先立つ条件」となったようです。
反対語であるアポステリオリ(a posteriori)と比較すると分かるように、プレ・シーズン、ポスト・シーズンなどに使われる、何かの前である「プレ」と後にくる「ポスト」になります。
アプリオリは先天的、アポステリオリは後天的となるわけです。
しかし、どちらも英語の表現になっており、アプリオリは「先立つ前提条件」のようなものを指し、アポステリオリは「帰結から原理にさかのぼる」という帰納的なアプローチを表すために使用される言葉となりました。
「学習の原則」としての「アプリオリの原則」において、アプリオリは単に「先立つもの」としての意味で使っています。
学びにおいての「先立つもの」ですので、既に学習したこと、学び取っていることと考えて、続けてお読みください。
「アプリオリの原則」とは?
一般的にはこのような名前が使われているわけではありませんが、原則を説明するために、「アプリオリの原則」という名前で呼んでいます。
アプリオリは「先立つもの」ですから、「先立つものの原則」と言いかえる事ができます。
一体どういう意味でしょう。
学習者の内には「先立つ学び」が既に存在しています。既に経験したことを通して何らかの学びが起きているのです。学校に行ったとか、何かの研修を受けたということだけに限りません。
パスカルの言うように人間は「葦」のように右に左に揺れ動く弱い存在であるけれど「考える葦」です。
考えることを通して、たとえそれがどのような経験であったにせよ私たち人間はアポステリオリ的(帰納的)に学んでいると言えます。
そのようにして先行的に学習したことが、私たちの中にすでに存在するということです。
その既に学んだ事柄が、今の学びに影響を与えるというのが、「アプリオリの原則」です。
今の学びに「影響を与える」という場合、「肯定的」もしくは「否定的」に作用するという意味です。
「アプリオリの原則」の作用
既に学び取っていることが、今の学びに肯定的にも否定的にも影響を与える。
このことは、私たちの学習を「既に学んだこと」が「促進する」こともあれば、「阻害する」こともあるということです。
(1)促進する
過去の学びを現在の学習の中に有効に取り入れると良いわけです。これは必ずしも、同じ分野の学びについてだけではなく、異なる分野についても適用できます。
私は大学で「森林生態学」を先行しました。現在の仕事と一見全く関連性のない分野の学びのように思えます。しかし、森林生態学での学びが人材育成や組織開発における学びを促進しているのです。
生態学における「共生」の関係が、組織における「協働」の学びに役立ちますし、「エコシステム」についての理解が、「組織のシステム」にるいての理解に大きく役立つのです。
このように既存の学習が新しい学びに直接的に関連していないように思われても、有効利用をすることができます。
また、学びの内容はもちろんのこと、学習方法についての学びについても利用できるわけです。
私は静かに座って人の話を聞くことが苦手です。(自分では長い間話すことが大好きなので酷い話しですよね。笑)
ですから、実際にワークショップのように実践する時間などがないと集中力が持ちません。一方的な講義は学び方として最も苦手な方法です。
また、静かに一人で本を読んで学ぶことも苦手です。1冊の本を独習するよりも、著者と一緒に食事をしながらおしゃべりをする方が、本の内容について深く学ぶことができるのです。
このような私の学び方について既に学んでいますから、何かを学ぶときに学ぶ内容を理解してる人と会話をしながら学ぶ方法をとっています。(本を読まないわけではありませんよ)
(2)阻害する
既に学んでいることが、新たな学びに否定的に影響することもあります。
私は小学校から大学まで日本の学校に行きました。大学院はアメリカでした。
英語と日本語の違いはありましたが、授業では日米の文化の違いに対応するのに時間がかかりました。
既に学校、授業や教師についての学習が、米国大学院での学びへの阻害となりました。
日本では「謙譲の美徳」、自己主張は喜ばれません。静かに考える人は歓迎こそされても、何も考えていない人とは決して思われません。反対にアメリカの大学院の学びにおいては、静かに考えていると何の考えも疑問も意見も持っていない人と思われます。
日本文化で学びとった作法が、アメリカでの学びを阻害してしまったのです。
キャンバスは真っ白ではない
既存学習が現在の学びを阻害するか、促進するかは別としても、既に学んだことが学習者の内に存在しているということを、けっして忘れてはいけないと思います。
つまり、「真っ白いキャンバス」ではないと言うことです。
キャンバスには既に色がついているのです。これを前提にして学習機会に臨む必要があるのです。
英語では「阻害する既存学習」に対して「Unlearn(忘れる、捨て去る)」という言葉を用いて、阻害する既存学習を捨て去ることを勧めます。
さすがは「スクラップ・アンド・ビルド」の国です。古いビルはダイナマイトでぶち壊して新たに造りあげるのですね。これも良いでしょう。
でも他方こんなやり方もあるでしょう。
日本語の素晴らしい概念
「学びほぐし」
です。
凝り固まってしまい、先入観や偏見になっている古い学びが新しい学びを阻害しているならば、「ほぐし」てあげることによって有効利用することもできるという考え方です。
「考える葦」を弱くて優柔不断とみることもできますが、「しなやかさ」に注目して利用することもできるのではないでしょうか。
あなたの学びがさらに進み、今日よりも明日「最高の自分」として成長していかれますように。
長くなってしまった今回の投稿を最後までお読み頂きありがとうございます。
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