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不思議の国アメリカ:George Friedman "The Storm Before the Calm"

今年つくづく思ったが、アメリカ合衆国は本当に不思議な国だと思う。
たぶん、ヨーロッパ諸国や、日本や韓国のような「国」という概念で単純に理解しようとしてはいけないのだろう。ファイザーもモデルナもアメリカの会社なら、ワクチンを拒否する人がデモで暴動さらに感染拡大、なんていう事態が本気で心配なのもアメリカだ。2020年の大統領選挙の経過を見ているといったいどうなっているんだろう、と首を傾げてしまう。そう思っていたら、この本が良さそうだったので、今年11冊目の洋書(*1)、George Friedman の "The Storm Before the Calm"を購入し読了した。

日本語訳も出ているようで、下記リンク先の書評が参考になると思う。

以下、私なりにまとめておこう。

まず、著者は、アメリカの歴史を、50年の社会経済のサイクルと80年の制度体制のサイクルの二つの視点から分析し、地政学とからめて議論する。

そのうえで、現代のアメリカの問題点について議論し、2020年から2030年の間に二つの変革のサイクルが相次いで訪れることから、これからの10年あまりの間はアメリカにとって困難な時代になるだろうと予測している。レーガノミクスから50年、第二次大戦から80年、これまでうまくいってきたことによる反面の矛盾が累積してきた結果、機能不全に陥り、それまでのやりかたを大きく変革する必要に迫られるからだと考える。

アメリカ合衆国は作られた国だという。移民によって作られた植民地が集まり、建国者たちの理念のもとに独立した。他の国は、もともとあった文化や歴史の中から国が形成されて、その過程で国の理念や制度・社会経済のありようが自然と形成されたと考えられる。アメリカは理念ありきで生まれ、理念の実現のために国を形成したと考えられるというわけだ。換言すれば、建国・独立からして、それまでの制度・社会経済の矛盾を解消する最初のイノベーションであったと言える。

そして、アパラチア山脈より東の地域、ロッキー山脈の西側、両山脈にはさまれた平原、メキシコ湾に接する南部が順々に併合され、アメリカ合衆国が作られた。それぞれの地域は気候も植生も大きく異なり、それがアメリカ国民の中で、考え方や気質、政治と経済に対する関わり方が大きく異なる一因となっているという。

2016年、2020年の大統領選挙で、州ごとに、共和党候補(ドナルド・トランプ)と民主党候補(ヒラリー・クリントン、ジョー・バイデン)のどちらが勝利したか、その分布は、本書を読めば、なるほど、と思われることだろう。

[Reuters] 2020年米大統領選結果

また、地域性という観点では、次の記事も面白かった。


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また、アメリカは移民によって形成された。移民も、それぞれ時代時代で、多数を占める国・地域が異なり、それぞれクラスを形成し、自身のおかれる境遇も、制度と経済に与える影響も、制度と経済から受ける恩恵も様々となった。

それだから、もともと、アメリカ合衆国は多様性を内包しており、社会と経済の発展にともなって現れる対立や矛盾があらわれるたびに、それを制度と経済の改革によって克服し、さらに発展を続ける国なのだ。そして、それにもかかわらず、アメリカ合衆国が一つの国として、今までも、そしておそらくこれからも、まとまっているのは、アメリカ合衆国という理念を共通の軸にしているからだと理解した。

本書にも指摘されているが、「アメリカ人」はいるが、「アメリカ合衆国人」はいない。そこに発生する対立と、対立の克服のなかで、アメリカ合衆国の発展のダイナミズムが生まれると捉えることができるわけだ。

本書は、そのような歴史を踏まえ、現在の連邦政府の体制、大統領権限、資本の分配、テクノクラートが占める支配層と白人労働者層、教育システム、特に大学について Student Loan の問題、高齢化問題、等々を議論し、アメリカは、今まさに、困難な変革の時代に突入している、と説いている。そして、これまでのアメリカの歴史が示すとおりに、この変革の時代を乗り越えた先には次の黄金の時代が待っている、と予想する。

これまでの成功体験と過去への憧憬にしがみついた国内政策や対外戦略によって却って状況を悪くしたり、そこからの揺り戻しをかけたりしながら、変革の嵐の中を渡っていく、今のアメリカは、その入り口に入ったところだということだ。

過去のサイクルが、同じ周期で単純に未来に繰り返されるのか、という疑問はあるものの、矛盾し対立する様々な力をイノベーションによって乗り越えていく弁証法的な国というべきか、そのルーツを地理と歴史から解き明かすのが面白い。

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ただし、本書は、1780年前後、独立宣言と建国を起点にして主な考察がなされている。ある人に指摘されて気づいたのだが、この本では、17世紀前半のピルグリムファーザーからのクラス、ピューリタン・福音派の勢力については扱われていない。あるいは黒人差別の歴史から最近のBLM運動についてもほとんど扱われていない。これらの、現代のアメリカ社会の病理に大きな影響を与えていると思われることがらが扱われていないのだ。

これらの点について、少しネットで調べてみると、2016年の記事ではあるが、次のサイトが非常に参考になった。

また、A.I. に関しては、現状のA.I.は知能というにはほど遠いと考察し、新たな道具としての位置づけであり、一人一人の生活や働き方にはもちろん大きな影響を与えるものの、社会制度・経済の変革へのメインのインパクトではないとしている。また、地球温暖化や気候変動に関しては、人間の活動がこれまでにない気候変動を引き起こしていることを認めつつ、影響の予測が難しいこととともに人間の活動へは限定的な影響しか与えないだろう、また、宇宙太陽光発電といった新しい技術によって解決されるものだろう、と展望し、これも社会制度・経済の変革へのインパクトとしては考察の対象外としている。

そういう意味では、上に述べたような、社会に深く根を張っていると思われる問題や、現代の多くの人が心配しているところの最新の科学技術による未来社会への影響・変革の可能性に関して、議論があまりされていないので、このあたりに興味がある人には、少し消化不良のように思うかもしれない。

視点が異なる、ということだろうけれども、本書は、ディテールや底流にはこだわらず、表面に現れる大きな波を見ているような感じだ。もっと歴史や経済を周辺も含めてよく知っていると理解がぐっと深くできるのだろう。

英語そのものは、難しい専門用語や複雑な文法を使うことなく、シンプルで平易で、かつフォーマル、読みやすくわかりやすいと思う。

アメリカの建国の歴史をよく知っている前提で書かれているところもあるので、高校のときの教科書、山川出版社の「詳説世界史」(1985年)で確かめながら読み進めた。

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これまで、アメリカについては、野球、ポピュラー音楽や小説を通じた憧憬と、ビジネスでの関わりでのあれこれ、そして、国際社会でのギャングのような無頼ぶりや、差別問題、COVID-19対応で現れた様々な問題、それらに対する強い否定の感情、そんな複雑に入り混じった気持ちを持ちつつ、その歴史や社会について学んで理解しようとしていなかった。アメリカを理解することは、その国際的な影響力から考えて非常に大事なことであることは言うまでもない。

そして、上に書いたことを考えるにつけ、近代日本も似たような構造を持っている部分があるのではないかとおぼろげに感じた。日本人の少なからぬ一部がトランプ大統領を民主主義の旗手と崇め、氏の再選を信じてデモまでしてしまう。理解しがたく、なぜだろう、と思っていたが、なんとなくわかった気になった。アメリカを理解することは、日本が今かかえている課題を分析するうえでも大事だと思い至った。(*2)

まだ、入口に立って、ほんのちょっと聞きかじった程度だ。自分のあまりの不勉強は恥じるばかりだが、これを機会に、来年はアメリカについて、歴史と社会を、もっと勉強してみたいと思う。


■注

(*1)年間12冊の洋書を硬軟とりまぜて読むことにしている。今年は前半に少しペースを乱し、計画比:マイナス1冊の結果となった。

そのあたりことは、次の記事に書いておいた。

(*2) 経済、政治、安全保障、など無知といってもよい私なので、つっこみはなし、ということで。恥ずかしいが、自分の認識を残しておくと後々の考察に役立つだろう、と書いておいた。

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