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Kamala Harris, "The Truths We Hold"

先月、今年の洋書の一冊目、カマラ・ハリスの自伝 "The Truths We Hold" を読んだ。この本は熱い。彼女の生い立ちや考え方、パーソナリティはもとより、彼女の取り組んできた political agenda を通じて、"The Truths" = 真実、すなわち、 現代アメリカが直面している現実、抱えている大きな問題について垣間見ることができる。

序文にこの本をどういう思いで書いたのかが書かれている。

This book grows out of that call to action, and out of my belief that our fight must begin and end with speaking truth. 

この文は訳しにくいが、無理やり自分なりに訳してみると次のような感じだろうか。

見てみぬふりをせず行動しなければ、という思いから、そして「私たちの戦いは真実を語ることによって始まり、真実を語ることで終わらなければならない」という信念から、この本は生まれてきた。

そして、本のタイトルにもなっている "Truths" とは、つまり、語られるべき 真実とはアメリカが直面している課題であり、次のような点が挙げられている。

1. 人種差別、反ユダヤ主義
 - アメリカ人は、ネイティブ・アメリカンを別にして、みな海を渡ってきた移民の子孫であり、 アメリカに来た経緯はそれぞれ異なる。ー豊かな未来を夢見てきたのか、奴隷船で強制的に連れてこられたのか、それとも、悲惨な過去から逃げてきたのか。にもかかわらず、それらによる差別構造があること。
2. 性差別、同性愛嫌悪、トランスジェンダー嫌悪 
 - 女性に対する差別や、女性の権利の抑圧、そして、LGBT・性的マイノリティの権利の抑圧があること。
3. 中間層の没落
 - 40年も賃金が上がらないのに、生活費も医療費も高騰し、中間層は支出に追われるように生きていること。
4. 警察の問題
 - アメリカは他のどの国よりも多くの人を正当な理由もなく監獄に送り込んでいること。
 - 警察による暴力、とくに人種によるバイアスがあり、まるごしの黒人が殺される事件も絶えないこと。
5. オピオイド危機
 - 過剰摂取、中毒等の問題があるにも関わらず製薬会社がオピオイドを販売し儲けていること。
6. 学生ローンをはじめとする借金
 - 利益優先の大学や短期小口融資の高利貸しが立場の弱いアメリカ人を借金漬けにしていること。
7. 環境問題
-  欲張りで貪欲な企業が、金銭的利益優先、規制緩和や環境問題の無視をモットーにしていること。
 - 環境の変化による新たな感染症の危機や自然災害の増加といった新たな脅威に対して意識が薄いこと。

アラメダ群の地方検事補、サンフランシスコ地方検事、カリフォルニア州司法長官、アメリカ上院議員、と駆け上がっていく自身のキャリアのそれぞれの段階で取り組んだ問題を一つ一つ取り上げ、上にあげたアメリカ社会の課題を浮き彫りにしていく。そこで、一緒に戦った人、パートナー、そして対峙した相手が1人1人ヴィヴィッドに描かれていて熱い。

また、複雑な生い立ちによるエピソードも彩りを添える。ジャマイカ出身のアフリカ系の父とインド出身の母を持ち、幼いころに両親が離婚し、黒人コミュニティのなかで母親に育てられる。両親ともカリフォルニア大学バークリー校で学び、父親は経済学教授となり、母親は著名な乳がんの研究者だったということだ。そこここに、あふれる家族愛を感じられる。

とにかくエネルギッシュだ。間違っていると思うことに声を上げ、徹底抗戦する姿勢が感動的、そして、人を巻き込む力がすごい。ときには敵方まで巻き込んでいく。また、現場に行き自分の目で確かめることも徹底しているようだ。そして、いくつかのエピソードからITにも強そうに感じた。

真実を語り追求する、というのは、検事、司法長官、というキャリアもあってか、彼女の真骨頂だろう。2019年1月に2020年大統領選に向けての民主党ディベートでジョー・バイデンにかみついたのは有名な話だ。

真実にもとづき、人々のために言うべきことははっきりと言い、解決にむけて追及する、そういう彼女が法曹界から政治の世界に入って行ったのは自然の流れだろうし、その勢いをこの本から感じることができる。英文そのものは平易でわかりやすい。法律や政治の独特の単語や言いまわし、人物の名前などは、ちょっとネットで検索しながら読めば、彼女の熱意に引きずられるように読み終えることができるだろうし、旬の豆知識も手に入る。

おススメの一冊だ。

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ところで、教会には子供のころに 23rd Avenue Church of God に、毎週日曜日に行ったそうだ。

On Sundays, our mother would send us off to the 23rd Avenue Church of God, piled with the other kids in the back of Mrs. Shelton's station wagon. My earliest memories of the teachings of the Bible were of a loving God, a God who asked us to "speak up for those who cannot speak for themselves" and to "defend the rights of the poor and needy." This is where I leaned that "faith" is a verb; I believe we must live our faith and show faith in action.

ほんの1ページにも満たないエピソードではあるが、「皆と同じ」教会に行く人であること、自身の「声を上げて真実を語ることで戦う」ことを聖書の教えにからめて、多くの人から共感が得られるように書いていると思う。

さて、アメリカの政治や政策を理解するうえで、キリスト教の理解は欠かせないと思うが、この本にも宗教の話はこのくらいで、例えばキリスト教の宗派の間の勢力争いに関する話は、ほとんど触れられていない。そういえば、George Friedman の "The Storm Before the Calm" でもこの点は触れられていなかった。

しかし、プロテスタントとカトリック、カトリックの改革派と保守派、など、それぞれの勢力が共和党と民主党の票田になっているようで、宗派の歴史と力関係が大きな政治力学を作っているように外からは見える。最近ではプロテスタント福音派が共和党の支持基盤であり、力が強いとも言われる。これだけで、最近の米国の選挙、政策、すべてが説明できるような気がしてしまうくらいだ。

それなのになぜ、本書で Truths の一つとして取り上げられていないのか、と少々疑問に思っていたが、先日、「はじめての聖書」を読んでなるほど、と思ったことがある。

それは、政教分離の原則だ。つまり、教会では政治の話をしない、政治に宗教を持ち込まない、個人の信仰と公の職務を区別する、個人個人の信仰や価値観を尊重する、というのがキリスト教社会の原則だということだ。それだから、政策に結び付くような社会全体の課題を語るときに、自身が信仰する宗派の価値観に基づく議論はしない。また、布教活動はしない。逆に、

神父や牧師や、教会で神に仕える立場のひとは、絶対に政治家になりません。
「はじめての聖書」p.184

とはいえ、社会全体がかかえる問題があったときに、それをどう課題認識するのかは、個人のものの見方によってときには180度異なるだろうし、その課題への解決策を議論する際に、個人の価値観や信条は切っても切り離せないだろう。個人の視点や価値観・信条が、信じる宗教と密接に関係する以上、宗教と政治を分離することは無理なのではないだろうか。

また、それぞれの宗派が自らの影響力をさらに大きなものにしようと考えたときに、自らのおかれた環境への働きかけ、すなわち経済や政治への直接的あるいは間接的な働きかけを行うことは自然なことだ。

そう思うと「語られることのない真実」こそアメリカの抱える大きな問題なのかもしれない。そしてそれは人類共通の問題なのかもしれない。そして、私たちはその問題とつきあっていかなければならないのだと思う。人類全員が、同じ視点から客観的にものごとを考え、同じ価値観に従って正しく行動できる、としたら、それはもはや人類ではないだろう。

というようなことは、私のようなほんの少しばかり齧ったくらいの知識でものを言うわけにはいかないところだ。・・・ちょっと言ってしまったけれども。

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というわけで、George Friedman の "The Storm Before the Calm"、そして Kamala Harris の本書を読んでみて、改めて、単純に「アメリカ」、あるいは「自由と民主主義の国」とまとめてはいけないと思った。地域ごとの地理や気候、そして様々な国から海を渡ってやってきた人々の歴史や宗教、それに伴う差別と抑圧の構造、グローバル経済活動による貧富の差の拡大、そういったことに根差す様々な問題が重層的・多層的に織りなす複雑な国だ。

そのようにぼんやりと考えながら読んでいるうちに、民主主義国家ってなんだろうと、ふと思った。そういえば「プラトンの「国家」」というエッセイが小林秀雄の「考えるヒント」に収められている。改めてパラパラと読み直してみた。

曰く

政治は普通思われているように、思想の関係で成立つものではない。力の関係で成立つ。

人が集まる社会を「巨獣」に見立てると、政治とは巨獣を飼いならす術だ、ということになる。問題は、アメリカを闊歩する巨獣は何頭もいるうえに、それぞれが無法で恐ろしい欲望を開放し隠しもせずに持っていること、そして、George Friedmanの本に書かれているように、アメリカは理想国を求めて建国された国なのだ。

政治とは巨獣を飼いならす術だ。それ以上のものではあり得ない。理想国は空想に過ぎない。巨獣には一かけらの精神もないという明察だけが、有効な飼い方を教える。この点で一歩でも譲れば、食われて了うであろう、

この比喩をそのまま使うならば、アメリカはたった今、互いに争う巨獣たちに食われているところなのかもしれない。そして、日本にいる私たちもそうなのではないだろうか。

さて、1月6日の米国の暴徒による議会乱入事件から、一か月以上たった。

あの日は、朝早くから、枕元のスマートフォンがブンブンブンブン鳴ってアメリカのトランプ大統領支持者の議会占拠の状況が twitter で続々と入ってきた。7時には目が覚めていたのに、あまりの有様に、しばらくふて寝していた。予想していた通りで驚きはないとはいえ、やっぱり目の当たりにすると、暗い気持ちになる。お前はナイーブすぎる、と思われるかもしれない。そして、シリアやイラクなど中東の人たちにしてみたら、何をいまさら、ということかもしれないけれど。

ひどいもんだ。

議長を務めていた副大統領のマイク・ペンスも避難を余儀なくされ、議会の再開後、 "Violence never wins. Freedom wins," "Today was a dark day in the history of the United States capital," "Let's get back to work"とコメント、最終的にバイデン氏の勝利を認定。それより先にジョージア州の決選投票で、民主党が2議席確定し、上院・下院とも、民主党が主導権を握ることになった。

今回の一件では、侵入者の1人の服にQアノンの大きなロゴを私は見た。他の記事によればネオナチの顔も表に現れていたということだ。南北戦争時代の南軍の旗も見たし、「俺を踏みにじるな」という独立戦争時代のガズデン旗も見た。黒人人種差別の象徴であるという首つり縄が議会の敷地に設置された写真も流れてきた。外壁をよじ登る人々、議会に侵入して、議長席に座ったり、ペロシ下院議長らの執務室に侵入し、自撮りしたり。そしてマスクもしない、のみならず、顔が映像で写されていてもおかまいなし。大半が白人男性だ。高圧水をくらった女性がインタビューを受けて、半分泣きながら、名前を名乗り「これは革命なのだ」とコメント。とはいえ、とうてい革命と言えるような統制がとれた計画された襲撃とは思えない。暴徒側の4人が死亡、警備員1人が死亡、翌日までに52名が逮捕。

大統領就任式の警備には2万5000人以上の州兵が動員されたという。議事堂内で雑魚寝して休憩している迷彩服に身を包んだ州兵たちの写真を報道で目にし、私のように目を丸くしていた人も多いことだろう。

思うに、これらは、今になって起こった単発の出来事ではない。現在のアメリカが持つ一つの側面であり、根深い問題が表面に現れた事件と言えるだろう。ということは、これからますます混迷の度合いを深めていくことだろう。聖書に手をおいて宣誓し就任式を無事に終えたジョー・バイデン大統領とカマラ・ハリス副大統領は前途多難だ。

巨獣たちを飼いならすこと、あるいは倒すことができるのだろうか。あるいは食われてしまうのだろうか。

George Friedmanの予測のように、10年かかるかそれとももっと長いだろうか、これからの混乱時期を超えて、制度的/社会経済的な行き詰まりを改革によって乗り越えた暁には、黄金の時代がまたやってくるのだろうか。あるいはそのまま分裂・瓦解していくのだろうか。

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日本は、アメリカともう一方の大国・中国との間で、荒れる海の上で木の葉のように揺れ、ますます難しい舵取りをしなければならないことだろう。そのように考えたときに、両国の歴史・成立ちや文化を、しっかりと理解しようと努めることは大事だと思う。一筋縄ではいかないだろうが、少なくとも努力はしようと思う。


■ 追補

そういえば、Kamala は、"comma-la," like the punctuation mark, と発音する、と序文に書いてある。カマラではなく、カタカナで書くなら「コンマラ」ということらしい。蓮の花を意味するということで、続けて次のように書かれている。

A lotus grows underwater, its flower rising above the surface while its roots are planted firmly in the river bottom.

私も、そのようにありたいものである。

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