Note再開とにおいと記憶の話。
Noteを再開した。
2年ぶりに自分のアカウントを開いてみてた。過去の自分のポストを読み返した。なんか激しい文字列、文脈で書いていたり、また下書きに入ったままのさらに過激な文章の数々。まあ、大学4年生の2年前は、いろいろな葛藤の中にいたんだな、ということを思い出した。
匂い、音とともにある記憶フラッシュバックするということは、年になんどかあるが、Noteを読み返したときの感じはまさに、この感じだった。なんて書こうと思ったが、そんな清らかなものではなく冷静にあのとき自分を客観ししている感じだった。
まあ、あんまり思い出したくないこと
過去のポストのことはおいておき、今日はこの五感とそれに起因しておもいおこされる記憶の因果についてまとめたい。匂い、音とともに記憶がフラッシュバックするということは結構好きだ。例えば昔使っていた柔軟剤をたまたま買って、それで洗濯をしてみる。洗濯を干すときに鼻から入ってくる柔らかな匂いは、鼻腔のなかではまろやかなのに、眉間を通るときに形状変化し、さらに脳に進む頃にはシャープな槍となって脳みそに突き刺さる。その切っ先は記憶にかけられているロックを外し、溢れ出す鮮明な思い出はおれの心をかき乱す。ちょうど思い起こしたのは、Noteのポストが止まった2年前。大学4年生当時のおれは彼女と半同棲状態だった。遊びにいく金もなく、バイト代で2人でなんとか暮らしていた。理系のラボに所属していたため、4年生でも毎日研究して卒業論文をまとめるために学校に行っていた。そのときの、将来に向けての不安、それを紛らわす同棲生活の端々で、ひとりふと我に返ったときの焦り。不安を紛らわす同棲生活が、おれ自身では「紛らわす」という行為であるとはっきり自覚しながら行っていた。
そんな自分の人生では、あまりポジティブな思いでは振り返ることのできないフラッシュバックに心を乱されてしまった。
音楽もわりとおれは記憶に結びつくことがある。音楽はハマるとリピートしてしまう癖があるだろうか。例えば昨年ハマった音楽は、同時期にハマった週末のプール通いを思い出させる。眠い目をこすって通ったプールへの道、泳いでいるときの水中の神秘的な感覚、帰路の心地よい、倦怠感。まあこっちは割とポジティブは思い出だ。
学術的には・・・
においと記憶について、こちらの記事を見つけた。
https://www.tourism.jp/tourism-database/figures/2019/07/fives-senses-smell/
匂いに起因してビビットに過去の記憶が蘇ることをフランスの作家、マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」という小説に出てくるこの現象についての描写から「プルースト効果」と呼ばれているらしい。
脳に情報が伝達されるとき、感性を司る大脳辺縁系と、理性を司る大脳皮質への振り分けが行われるようだ。その時に、五感のなかでは唯一匂いだが大脳辺縁に直接伝達されるらしい。
大脳辺縁系には記憶に関連する海馬があり、そのため匂いは脳の中では近いところにいるらしい。だから、プルースト効果が引き起こされるようだ。音や味なども、多分よほどリーピートしたものや強烈な印象に残っているものは、大脳新皮質→大脳辺縁系の順に強く伝達され記憶の扉を開くのではないだろうか。
毎日多分、おそらく、書き続けます。。
Noteを再開した話に戻そう。23歳のおれは何を考えていたのか、それをジジイになってから、きちんと思い出すことができるように毎日、多分毎日ポストしていこうと思う。自分の心に従って志向の赴くままに徒然と、書いていこうと思います。
Top画像はヒルズの村上隆のアート。すごく大好きなアートなので、久しぶりのポスト再開に載せてみた。
(参考文献:「五感の中で唯一」JTB総合研究所 2019/07/11 https://www.tourism.jp/tourism-database/figures/2019/07/fives-senses-smell/)