僕は(私は)離れられない
創作短編
「おーい、朔夜(サクヤ)ー!元気かー!」
こんな時間に僕を訪ねてくる人なんて1人しかいない。そうか。今日は兄さんが帰ってくる日か。帰ってくるたび僕の部屋に来るなんて、兄さんも相変わらずだな。
「よっ!久しぶり!ん、お前がこの時間に起きているなんて珍しい!何かあったのか?あっ!もしかして!ついにお前も見つけたのか!そうか!それは良かった!いやー兄ちゃんお前のことが心配で心配で。いやほんと良かったよ!」
「ああ、そうだよ。……兄さんはいつ見ても真人間にしか見えないね」
「ハハハ、お前もまたそれかよ!でも本当良かったな!今度紹介してくれよな!」
「うん、そのうちにね」
「じゃ!また来るわ!」
兄、登矢(トウヤ)は今日も嵐のように騒がしく、あっという間に去っていった。最早恒例行事になっている兄の海外出張と帰国1番の弟訪問。まあ兄さんは元気が取り柄だ。
でもごめん。兄さんみたいに見つけたわけじゃないんだ。僕は僕なりの方法で。今度来た時には話そう。
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18時。所定の位置につく。もしかしたらと思い、ここにダメ元で入ってから今日で半年。
兄さんの言う通り、僕はここ3ヶ月前から、以前と比べて見違えるほど体調がいい。
兄さんは元々が強体質の身体、僕は弱体質なのだからどうしたって埋められない穴がある。それでもここまで体調が良くなるのには驚いた。
僕は太陽の光に弱い。十字架は安いネックレスのものでも駄目で、にんにくは微かに臭うだけでも倒れそうになる。はあ、今こうやって思い浮かべているだけでも気持ち悪くなってきた。兄さんはあんなにばりばり働いて真人間と何ら変わりない生活ができるというのに、僕はそれとは正反対だ。それにあれは誰のものでも言いわけでは無い。僕みたいに、合う人のものでないとアレルギーを起こす者もいる。だから普段は野菜しか食べていない。
「朔夜くん、顔色が悪いようだけど大丈夫?」「……すいません。いつものあれなんで、しばらくしたら良くなります」「そう?無理はしないでね。提供者が不安になるからね」「はい、ありがとうございます」同僚とのこんなやり取りも、もう何回目だろう。
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でも大丈夫、今日は彼女が来る。ほら言っている傍からやってきた。いつものように問診票を書いていつものように席に着く。それからいつものように腕まくりをしながら嬉しそうに微笑む。
「本日もありがとうございます。問診票では問題ないようですが、本日の体調はいかがですか」「本日も以前と同じ200mlになります」「では始めますね」
血を取られる間、彼女はいつも嬉しそうだ。仕方もない。彼女は治療のために少なくない量の薬を飲んでいるにもかかわらず、こうやってここでは年4回血液を提供できる。それは彼女にとっても僕にとっても"幸せな時間"なのだから。
「では終わりますね。ゆっくりしていってくださいね」
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「朔夜くん、上手いわね」「何がですか」「嬉しくて楽しみでたまらないだろうに、顔色ひとつ変えずいられるんだもの。いや、でも今日はちょっと危なかったわよ。あなた、さっき彼女の血を見ている間、目の色が変わっていたわよ」「……今度からカラコンしてきます」「そうしなさい」「持田(モチタ)さんも今日はこれから食事ですか」「そうよ。早く早く」
持田さんこそ隠せていないじゃないか、そう言いたくなる。まあいい。
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兄さん、僕は僕なりの方法で唯一の人を見つけました。兄さんと違って彼女と添い遂げられそうにはないけれど、それでも僕は今、とても幸せです。
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これは、ドラキュラ主人公の夢を見たことから創作した物語。
夢の内容としては、「若い男ドラキュラが、複数人が出る発表会に自分も発表者の1人として向かう」ものだった。