
不眠症について
不眠症は、睡眠の質や量の不足により、日中の機能障害を引き起こす状態を指します。一般診療の中でも非常に頻繁に遭遇する疾患であり、その診断と治療には包括的なアプローチが必要です。
1.不眠症の定義
・定義:十分な睡眠環境があるにもかかわらず、以下のような症状が週3回以上、3か月以上持続する場合を指します(DSM-5およびICSD-3に基づく)。
1)入眠困難(寝つきに時間がかかる)
2)中途覚醒(夜中に何度も目が覚める)
3)早朝覚醒(予定より早く目覚め、再入眠できない)
4)熟眠感の欠如(眠った感じがしない)
・日中の機能障害:集中力低下、疲労感、気分の変動、職場や学業のパフォーマンス低下などが見られます。
2.不眠症の病態生理
不眠症の背景には、生物学的、心理的、社会的要因が複雑に絡み合っています。
1)覚醒系と抑制系のバランスの異常
・覚醒系の過剰活性:覚醒系はオレキシン(Hypocretin)やノルアドレナリン、ヒスタミンを介して促進されます。不眠症ではこれらの系が過剰に活性化している可能性があります。
・抑制系の低下:睡眠を促進するGABA(γ-アミノ酪酸)やメラトニンの作用低下が関与する場合があります。
2)ストレスによる視床下部-下垂体-副腎系の亢進
慢性的なストレスがHPA軸を活性化させ、コルチゾール分泌の亢進を引き起こし、睡眠開始や維持を妨げます。
3)概日リズムの乱れ
シフトワークや夜間の電子機器使用により、概日リズムが乱れることで不眠が発生します。これには視交叉上核(SCN)の異常が関与します。
3.不眠症の分類
1)原発性不眠症
・明確な医学的、精神的原因がなく、睡眠障害そのものが主訴。
・心因性不眠(心理的ストレスや過剰な睡眠に対する不安)も含まれます。
2)二次性不眠症
他の疾患や薬剤による不眠。以下の原因を確認します。
・身体疾患:慢性疼痛、喘息、消化器疾患(逆流性食道炎など)。
・精神疾患:うつ病、双極性障害、全般性不安障害、PTSD。
・薬剤:ステロイド、カフェイン、アルコール、抗うつ薬(特にSSRIやSNRI)。
・睡眠関連疾患:睡眠時無呼吸症候群(SAS)、むずむず脚症候群(RLS)。
4.不眠症の診断
1)詳細な問診:問診は診断の鍵となります。
・主訴の具体的内容(入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒)
・睡眠衛生(寝る前の行動、就寝環境)
・日中の活動と睡眠パターン(昼寝の有無、職業、生活習慣)
・ストレス因子や心理的背景
・併存疾患や服用薬
2)睡眠日誌とアクチグラフ
・睡眠日誌:就寝時間、覚醒時間、睡眠時間を記録。概日リズムや不眠のパターンを把握します。
・アクチグラフ:身体活動量を計測し、客観的な睡眠評価を行います。
3)ポリソムノグラフィー(PSG)
・不眠の背後に睡眠時無呼吸症候群や周期性四肢運動障害が疑われる場合に施行。
5.不眠症の治療
1)非薬物療法
⑴睡眠衛生指導
・就寝前のカフェインやアルコール摂取を避ける。
・就寝前の電子機器使用を制限する(ブルーライトがメラトニン分泌を抑制)。
・規則的な睡眠・覚醒スケジュールを維持。
⑵認知行動療法
・睡眠関連の誤った認知(例:「今日は眠れないと明日がダメになる」)を修正。
・刺激制御療法(寝室を「眠るだけの場所」として認識)。
・睡眠制限療法(過剰なベッド滞在時間を制限)。
2)薬物療法
薬物療法は、非薬物療法で十分な効果が得られない場合に行います。
⑴ベンゾジアゼピン系:短期間の使用を推奨(例:トリアゾラム、フルニトラゼパム)。
⑵非ベンゾジアゼピン系:より選択的で副作用が少ない(例:ゾルピデム、ゾピクロン)。
⑶メラトニン受容体作動薬:ラメルテオンなど。概日リズム異常に有効。
⑷オレキシン受容体拮抗薬:スボレキサント。自然な睡眠を促進。
⑸その他:抗うつ薬(ミルタザピン)、抗精神病薬(クエチアピン)を併用する場合もある。
6.不眠症治療の注意点
・依存性:ベンゾジアゼピン系や非ベンゾジアゼピン系薬物は、依存性や耐性のリスクがあるため、長期使用は避ける。
・高齢者:転倒やせん妄リスクを考慮し、低用量から開始。
・急な中止:離脱症状を防ぐため、漸減的に投与を中止。
ポイント
・不眠症は多因子疾患であり、患者個別の背景に応じた診療が必要です。
・初期研修医としては、薬物療法に頼りすぎず、非薬物療法や根本原因の評価を重視してください。
・必要に応じて専門医や睡眠外来への紹介を検討します。