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上を向いて歩こう | ヒキタクニオ | ☆☆☆

銭湯に行きたくなります。ゆっくり、大きなお風呂に入りたい。

元、ヤクザ(物語の中では筋者と呼ばれていた)だった主人公が今では風呂屋と小さな居酒屋をやっていて、その人にまつわる人とか、近所の人たちとかが織りなす、短編集です。

舞台となる神楽坂、私は何度か訪れたことのある程度で、そこで元同僚と酒を飲んだり、もしくは昔印刷会社で働いていた時にそこから早稲田の方まで歩きつつ、同業の客先、下請けを訪問したり、とかした記憶があります。
「神楽坂」という名前とか、都心の真ん中に位置するという点などから気品のある街かと昔は思っていましたが、私の目には下町、そして小さな工場が多いような、そんなイメージを持っていました。
それだからか、小さな銭湯があっても違和感はないし、漢方薬のお店とか、あぁ、雰囲気の良い場所を選んだ物語だなぁ、というのが全体的な印象です。街の雰囲気って大事だよなぁ。
人の暖かさとかね。冗談を言い合える近所の人、っていう12文字で広がる世界。ここに住んでて良かった!とか。満たされる承認欲とか。

場面の展開

主に、回想シーンと、その回想シーンを振り返るシーン、2つが交互に入れ替わる展開が主で、この切り替わるタイミング、文字量が絶妙だなぁと思いました。
どっちも半々くらいのボリュームではなくて、一行だけ書いて、またシーンが切り替わる、みたいな劇的なタイミングがあったりして、読み手のことをとても良く考えているなぁと思いました。
そういうのって独りよがりになっちゃって、自分の書ききりたいところまでバーって書いちゃったりしますよね。その方が書いてる方としては気持ちが良いから。だけどさ、劇的なシーンであえて止めることで面白くなるじゃん。うまいなぁと思いました。

心を抉る

山本文緒を読んだ後にこれだったせいか、現実にべったりした話が多くて、人の心を揺さぶるようなもの、読んでてウルウルしちゃいますね。
今回の中では、漢方薬局の奥さんが亡くなった話。
あの時、携帯電話を嫌がらずにきちんと充電して、奥さんからの連絡をきちんと気にしていればそんなことにはならなかったのに、という後悔の辺り、心情は描かれてませんでしたけどそこをおそらく持っているはずで、その、後悔の念が、私の脳を激しく揺さぶりました。

人と別れるのって、どんな形であれ淋しいですね。
私が、自殺を思いとどまっている理由はそこにあって、残された家族、繋がっている友人、仕事の同僚などに対して、それこそ独りよがりですけど「自分が死んだら悲しむんだろうなぁ。そうさせたくないから、死なないようにしないと」と思っていて、そういう点では重松清の「その日のまえに」がとても精緻に描かれていると思いますけど、こうして物語を通してその情景を知ることで想像がリアルな形で描かれることで、その気持ちをかろうじて持っているような気がします。脱線したけど。

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