詩
それはひどい酸素欠乏の春夜
折れ曲がった朽ちかけの灰色階段
その人は踊り場にぽつりといて
私はその上にぽつりといて
まばゆさや汚さや雑音の波の中で
そのしんと止まっているその人の形を
この上もなく近しいものと
すれ違ったら
その存在が私を刺しました。
もうその人を見ることはないだろう。
それは細雪の降りる晴天下
雑居ビルの外側についている階段
彼はみんなの中にいて
私もみんなの中にいて
はじけるように笑う彼の顔が
この上もなく良いものに見えて
それが欲しくなりました。
私は彼の下の名前しか知らない。
彼は私の下の名前しか知らない。
それは決して落ちてしまわない程の夕暮れ
せり出した階段からは背の低い街が見える
君はたった一人で空に顔を向けていて、
私はたった一人で空に向かった君の横顔を見ていて
「食う?」って君がこの掌に銀色の欠片を渡す
「うん」って私がチョコレートを口に入れる
そして
君と私はやっと会うことができました。