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第20回 「めぐりあひて」の相手は誰?

紫式部(香子)の百人一首の歌は「めぐりあひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし 夜半の月かな」です。
よく講演で、この「めぐりあひて」の人は男性でしょうか女性でしょうか?とクイズを出すと、時には大半が「男性」と答えます。「女性」と正解を言うと「ふーん」と怪訝な表情になる方もいます。

私も中学の時、この歌の意味を知った時、恋愛の大家『源氏物語』の作者ですから、てっきり男と思っていたら、幼馴染の同性だと知って何だか肩すかしを喰らいました。さて、それではこの相手とは誰なのでしょうか?この歌は『紫式部集』の巻頭を飾る歌でもあり、そうとう背景は深い様です。

候補は二人います。一人は再従兄・藤原実方の娘、もう一人は従姉である平維将の娘です。私は拙著『源氏物語誕生』で、実方の娘としました。なぜなら従姉ならたまに会っていたでしょうし、実方の娘とは少女時代頻繁に会っていた様ですが、実方は転居したらしく、会うのも間遠になっていたと思われます。

それに前年の、実方が行成とトラブル(掴みかかって、行成の冠を落とした。行成は無抵抗)で、この年(正暦6年から長徳元年。995年)の正月、一条天皇から実方は陸奥への左遷を言い渡されていました。(もっとも一条天皇から多くの餞別を貰い、これは左遷ではないという説もあります)

詞書には「十月十日の夜」とありますが、「七月」ではないかという説があります。七月を十月に誤写したのだと。(そう言えば、落語で七月という漢字が書けるかどうかという話がありました。落ちは、間違ってしまうのですが)旧暦七月十日と言えば今で言うなら八月の上旬。暦の上では秋ですが、まだ暑い頃。夜、二人は月明かりの中で久々に昔話など語り合ったのでしょうか。なぜ夜かと言うと、やはり父は訳ありの身ですから、こっそりと人目を忍んで夜に来たのではないでしょうか。

その頃、香子にもゆっくりと応対できない事情がありました。病身だった姉がついに危篤状態に陥っていたのです。「月が沈むのと争う様に帰った」ともあります。夜明け前と言っても午前3時か4時。実方の娘(峰姫としました)は名残惜しく帰っていきました。

そしてその3年後、陸奥へ行っていた峰姫は、父と同じ時に亡くなります。何か揉め事に巻き込まれたのか殺害されてしまったのです。
それを聞いた香子の心中はどうだったでしょう?あの夜が「今生の別れ」になってしまったのです。親友への思いをこめて、この「めぐりあひて」の歌を我が歌集の巻頭に置いたのは頷けます。(諸説を統合した私の推論です)

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