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kikidemain
1℃のあいだ。
しとしとと降る雨は、いつから降っていたのか、林道も手摺も真っ赤な車も、窓の外は濡れて。
最低気温は10℃、最高気温は11℃の予報。
「1日を1度のなかで過ごすんだね。」
「ね、1セルシウス度。」
「セルシウス?」
「セルシウス。」
と言いながら、アルファベットのCを空中に描くあなたは、物知りだ。
「星の名前みたい。」
「ペルセウス。」
「シリウス?」
「べテルギウス。」
「カシオペア…。」
「〜ウス、はどうなったの?」
「もうないもの。」
とふてくされる私を、あなたは目を細めて笑う。
1℃のなかで、過ごす1日。
雨は静かに降っていて、猫はくるりとよく眠っている。
「1℃のなかってなんかいいね。」
「いいの?」
「安心する。」
「君は変化に弱いからね。」
あなたはときどき、私を「君」と呼ぶ。
それは決まって二人きりの時で、こんなふうにソファーに隣合って、私たちしかわからない話をしている時。
「温度、あげちゃおうか。」
「ん?」
「セルシウス、あげちゃおうか。」
「なんだそれ。」
そう言いながらも口の端は笑っていて、私の悪巧みを気に入っているのがわかって、嬉しくなる。
私たちの体温があがる。1℃の気温のあいだで。
もしかしたら、ここいらだけ、私たちのせいで、予報は外れるのかもしれない。
ソファーの肘掛けに頭をぶつけたあなたを、クスクスと笑いながら、私はあなたを見つめて、素直にバンザイをする。