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声色。

わが家の猫がお世話になっているどうぶつ病院の院長先生は、私の高校の同級生である。
子猫を連れて、新しくできたどうぶつ病院へ行ったのは5年前で、院長先生の名前に見覚えがあった。

彼とは中学は違うのだけれど、彼と同じ塾に通っている子たちから噂を聞いていた。
「めっちゃ頭良いやつがいる」と。
そして、この近辺では一番の進学校と言われていた高校へ入学したら、いたのだ。彼だ。
素朴で、清潔そうで、眼鏡をかけて、姿勢の綺麗な彼は、表情が乏しかった。
「頭良いけど、変わっているやつ」だった。

高校にいる間、直接話したこともなく、とりわけ彼との思い出などはないのだけれど。
なぜか、名前をとても覚えていた。おそらく、上位成績優秀者にいつもあった名前だったからだろう。そんな記憶を抱えながら、何度か子猫を診ていただいていた。

3回目くらいの診察で、ふと、彼に話しかけてみたくなって。
「先生、私、〇〇高校で同じでした。同級生でした、覚えていらっしゃらないと思いますが」と。

彼は、ゆっくり顔をあげて
「そうでしたか、私は当時の記憶があまりなくて。人とのコミュニケーションをさけて生きていましたから。人が苦手で。」
とはにかんでいた。
「いえ、私も途中で高校やめてしまいましたし、直接関わりのない感じでしたし。そうですよね」と一緒に笑った。

同級生話はそれきりである。

「人が苦手」な彼は、猫や犬と接するときはべらぼうに猫なで声になる。
「お目目きれいです(しゅ)ねぇ〜」
「綺麗な毛並み、艶やかですねぇ〜」
「美しい目(♡)」
「いやだ、いやだ、ですね〜」

初めて聞いたときは、若干驚いた。
素朴で、清潔そうで、眼鏡をかけて、姿勢の綺麗な当時のままで、猫なで声なのだ。

そして、飼い主さんである私と話すときには、スっと真面目な話し方にもどる。
「わぁ、力がつよぉ〜いですね〜、すごいすご〜い」 
と言っていた後に、スっと
「おそらく〇〇〇ちゃんは、外国の種が入っています。日本の猫ではありません。骨格の大きさからみて、外国種のお父さんかお母さんだと思います。」
と冷静な声色になるのである。

彼の診察はとても丁寧だ。
猫というものはこうなんです、犬というものはこうなんです、人間でいうと… 人間だとこうですが、猫はそれが出来ません、など。

予防接種の後、10分ほど院内で様子をみます。アナフィラキシーショックというものが…私は15年ほどこの仕事をしておりますが、猫のアナフィラキシーショックは一度も見たことがありません。犬は3年に一度くらいあるのですが、 など。

落ち着いた話し方で、専門用語を噛み砕いて、スマートに話してくださる。頭の良い人なんだなぁ、と思いながら聞いている。

そんな彼。
昨日、猫の予防接種で検温をしたり心音を聴いてもらったりしているうちに、

「うっ、」

と、首にぶら下げていた聴診器が、立ち上がる瞬間に診察台に引っかかったようで。
静かに聴診器をはずし、首をおさえ、

「…首を、痛めました…」

とボソリ。

「え!?くび!?大丈夫??」

首をサスサス擦りながら、黙って頷く。
少し痛そうにしたあとは、いつも通り、何事も無かったかのように、猫なで声と、真面目な声とを使い分けながらスマートに仕事をしていた。

接種後、10分。
「綺麗な色のお目目、〇〇〇ちゃん、様子をみにきましたよ〜、だいじょぉぶかなぁ」

「アナフィラキシーショックは、血流が著しく下がりますので、歯ぐきの色などで診ます。〇〇〇ちゃんは黒猫なので、実際の心拍数で確認しましたが、異常ありませんので、おかえりいただいて大丈夫です。」
2バージョンの先生の声色を聞いて、帰るのだった。

そういえば、
「首!?大丈夫!?」って言ったときの私は、高校の同級生向けの声だったな、と帰り道に思い出していた。

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