聖なる夜のプラトニック
ショウタ君からのメッセージに気がついたのは夕飯の片付けが終わった後で、お風呂場からの子どもたちの賑やかな声を聞きながら、返信をする。
湯上がりの子どもたちは、いつまでも裸ん坊のままふざけ合っていて、
「ほら、早くパジャマ着て!風邪ひくって。」
と、いつものやりとりがはじまる。
「ママァー!見て見てキンニクムッキムキ!」
「オレのがムッキムキ!!」
まだ幼い子どもたちは、それぞれにボディービルダーのポーズを真似して遊んでいて、
「はいはい、ムッキムキだねー!」
と言いながらも、手だけは忙しくテキパキと着替えさせていく。
「ママァー、サンタさんくるぅ?」
「んー、早く寝た子のところからまわるんじゃないかなぁ、サンタさん忙しいから。」
「え、早い者勝ち?やっべぇーっ!!」
「やっべぇーよー?早く寝ないとー!」
小さなキンニクマンたちがようやく寝しずまったのは、もうすぐ22時になろうとしているころで、ふと見ると、またショウタ君からメッセージが届いていた。出張中の夫からの連絡はまだない。
一時間前のメッセージを開いた途端、スポッとまたメッセージが届く。既読を見計らっていたみたいに。
南山公園までは歩いてすぐで、背の高いショウタ君だけれど、小さく丸まって階段の隅に座っていて(その姿はちょこんという例えがピッタリで)、私の足音に気がつくとゆっくりと立ち上がった。
「寒いよ、かなこさん。」
「行かないって言ったのに…本当に風邪ひくよ?」
「来てくれる気がしたから。」
そう言いながらショウタ君は、冷え切った体で抱きしめてくる。
「なんで会いにきたりするの?会えないって言ったでしょ?行かないって。私、決めたのに。」
「会いたかったから。」
「だめだよ、こんなの。私、結婚してるし、子どもたちだっているんだし。」
ショウタ君に抱きしめられたまま、私は言葉で抵抗してみるのだけれど、何かの台詞みたいでうまくいかない。
「うん、わかってる。かなこさんが家族のこと大切なのもわかってる。かなこさんの家族には迷惑かけたりしないよ。ただ、僕は、かなこさんの力になりたくて。」
「好きになっちゃうと困る、本当。」
「しかたないじゃん、好きになっちゃったんだから。」
「……しかたないって……。」
ショウタ君の手は、本当に愛おしそうに私の頭を撫でる。まっすぐなその瞳に、嘘がないことも、その気持ちが本当なことも痛いほどわかって、思わず目を逸らす。
ギューっと抱きしめて、いっそこのまままっすぐ好きになってしまいたくなる。私の手は、ショウタ君の背中でずっと迷っている。
「あ、そうだ。
かなこさんに渡したい物があったんだ。これ。」
ネイビーのコートのポケットから、シルバーのリボンでラッピングされた小さな包みを取り出して、そのまま私の上着のポケットへ入れて、ポンポンと軽くたたく。
「帰ったら開けてみて。メリークリスマス!」
「あ。……ありがとう。けど私、何にもないよ?」
「かなこさんはいてくれるだけでいいんだよ。」
そう言ってショウタ君はまた抱きしめてくれる。
ドクドクとショウタ君の心臓の音が聴こえる。いや、私の音かもしれない。だめかもしれない。
「しょうがない…って…。」
「うん、こんなに好きになっちゃったんだから、しょうがないよ。心は自由でしょ?」
「……うん。」
ショウタ君にギューっとしがみつく。ショウタ君は、大丈夫だよって言うみたいに、私の背中をそっと撫でて、そしたら急に泣きそうになった。
せっかく頑張ってたのに、やっぱり私は…。
目を閉じて、背伸びをして、ショウタ君の冷たい鼻と、温かな唇を感じた。
「かなこさん、そろそろ戻らないと。子どもたちもサンタさん待ってるんだよね?」
「あ。うん。」
ゆっくり、小さな子に話しかけるみたいにショウタ君は優しく言って、そっと離れたら、急に雪の匂いがした。
「雪ふるかも。」
「うん、雪のにおいだね。」
そう言って別れて、ちゃんと家に戻る。寝室でスヤスヤ寝ている子どもたちの枕元に、こっそり用意していたそれぞれのプレゼントを置いた。上着のポケットから、カサッという音がして、そぉっとまた寝室のドアをしめて、リビングでリボンをほどいて開けてみる。
ゴールドの、蝶のモチーフの小さなピアス。
ハートが重なったみたいな小さな蝶々。
「かわいい。」
しょうがないって、
私も思っていいのかな。