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【貧困の連鎖構造(行動心理編)】を一枚で図解|ノーベル経済学賞受賞者の主張とは

本や知識の全体像を構造化することでその本質 =「骨組み」を見出し、視覚思考を活かして整理した図解ツールを紹介します。

皆さんには、図解ツールを活用して本を読み、ご自身でこの骨組みに「肉付け」することで、より深い理解へとつなげていただければ幸いです。また皆さんの周りの仲間と議論する際の、「論点の地図」として活用していただけるとうれしいです。


テーマ概要

貧困には、絶対的貧困と相対的貧困の2種類があると言われています

  • 絶対的貧困:発展途上国のように、生きていくための最低限の生活すらままならない状態。

  • 相対的貧困:日本のような発展した社会の中で、その国の生活水準と比較して著しく貧しい状態。

貧困にはさまざまな要因が複雑に絡み合っています。
飢餓や食事、健康、教育、貯蓄、出産計画、仕事、児童労働、社会システム、インフラ、政治、イデオロギー、etc.
特に絶対的貧困に関しては、国際的に長い間、貧困をなくす議論が続けられてきました。我々にとって身近なテーマとしては、援助の是非についての情報が挙げられるでしょう。この援助に関しては、大きく2つの意見に分かれています。

  • 積極的に必要派:貧困には抜け出せない構造が存在するため、その構造を打破するために外部からの多くの施しが必要である、と考える立場。

  • 無駄・有害派(自助努力重視):過剰な援助は、援助を受ける側に甘えを生むと考える立場。必要最小限の援助だけで十分であり、あとは市場の原理に任せ、自主性を促すべきだと主張する。

今回参考にした著者は、このような二極化した意見にとらわれることなく、貧困のメカニズムを現場視点で深く掘り下げ、実践的な研究を行いました。その成果により、2019年にノーベル経済学賞を受賞しています。
今回は、その研究の中から飢餓や健康における貧困の連鎖の問題、その根底にある人類共通の行動原理に焦点を当てて解説していきます。

参考

貧乏人の経済学 もういちど貧困問題を根っこから考える、A・V・バナジー&Eデュフロ(著)、みすず書房
※第1、2、3、最終章を参照
※著者の夫婦は2019 ノーベル経済学賞受賞
※書籍は2012年発行のものです。

前提知識

貧困というと、まず飢餓を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。しかし、著書によれば、少なくとも食料の安定供給という点では、世界全体の生産量自体に問題はないとされています。(もちろん、極端な貧困地域や紛争、自然災害といった極限状況にある地域は例外です)。食料が行き届かない主な原因は、不十分な配給システムや一部の買い占めにあるといいます。

それに対して、現代における根本的な問題は、貧困層の人々が十分に「食べない」必要な栄養を「取ろうとしない」ことにあると指摘されています。例えば、穀物の価格が下がったり、配給によって穀物を得られた場合、本来であればその分しっかり食べて栄養を補うべきですが、実際には浮いたお金で贅沢な食べ物を購入したり、テレビや娯楽に使ったりする傾向があるのです。

また、貧困層に多い貧血症対策として鉄分を豊富に含む栄養強化食品を配布しても、それを継続的に摂取しないという行動パターンも見られます。

健康問題においても、マラリアや安全な飲み水の不足がよく取り上げられます。しかし、マラリア対策として防虫加工が施された蚊帳や、水を殺菌できる塩素系漂白剤は安価に手に入るといわれています。それにもかかわらず、これらを積極的に購入したり、利用したりしない人が多いのです。また、予防接種のキャンプを開いても、多くの人が受けに来ないという状況も報告されています。

こうした問題はなぜ起こるのでしょうか?

本編

それではまず図解をお見せしましょう。
ぜひ、テーマに関連する書籍を読むときは、この図解を手元に置いて解釈を深めてください。

貧困の罠 行動心理

図の分解紙芝居

一枚の図だけでは伝えきれない部分を、それぞれのパーツごとに分解し、詳しく解釈しながら説明していきましょう。
テーマ説明全11枚


前提知識として述べたように、貧困社会に対して食料供給や予防医療援助を行っても、なかなか成果にはつながっていません。

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その根底には、効果的かつ低コストで利用できる予防策や対策に対して、文化や先入観による抵抗感があること、さらには人間の意思の弱さから「面倒くさい」と感じてしまうことが挙げられます。

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将来的に効果を得るには時間がかかります。しかし、人間は遠い未来を想像するのが苦手です。そのため、効果に関する正確な情報を持たず、無知なままでいることが多いのです。これは本能的なものであり、どれだけ説明しても本当の意味で理解するのは難しいのです。

その結果、無知、抵抗感、面倒だという意識が、将来のためになり、しかも安価で利用できる予防対策の活用や継続を妨げてしまうのです。

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援助する側も、善意で行っているつもりでも、受け取る側の人間の行動原理を理解しないまま支援を実施するため、結果的に失敗に終わることが多いのです。

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また、人間は目の前の誘惑にすぐ気を取られてしまうものです。

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そのため、目の前の誘惑を優先し、予防策を後回しにすることで、状況はますます悪化していきます。

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貧困層の人々も、自身や家族の健康には関心を持っています。しかし、予防策を怠った結果、病気が悪化し、高額な治療費を支払うことになります。さらに、医療サービス自体が劣悪な場合も多く、それが無駄な出費を生み、貧困の悪循環を助長するのです。

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では、貧困社会に属さない私たちは、貧困層の人々よりも人間的に優れているのでしょうか?

そうではありません。

私たちは、すでに存在する社会制度の恩恵を受け、何も考えなくても有効な行動を継続できる環境にあるだけなのです。たとえば、予防接種の常識やルールが社会に根付いているため、それを当然のように受け入れ、実践しています。

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社会が発展しているからこそ、私たちは良質なサービスを受けることができます。清潔な水も、蛇口をひねるだけで手に入ります。毎日飲み水に殺菌剤を入れる手間を考える必要すらありません。

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病院や保険についても、基本的に何も考えずに信頼し、利用できます。ただ利用するだけで、その恩恵を享受しているのです。

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最後に振り返ってみましょう。発展した社会に生きる人間が優れていて、貧困社会に生きる人間が劣っているという差異は一切存在しません。どちらも根本的な人間性は変わりません。

異なるのは、発展した社会に生きる私たちは、何も考えずにその恩恵を受けられるということです。

一方で、貧困社会の人々は、私たちが無意識に享受しているものを得るために、多大な労力を費やさねばならず、その労力を持続させることが困難なのです。

だからこそ、援助を行う側は、人間の行動心理を理解したうえで、効果的な政策を設計する必要があるのです。

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今回の内容、いかがでしたか?

テーマに関連する書籍を読むときは、図解ツールを手元に置いて解釈を深めたり、
また皆さんの周りの仲間と「貧困問題」「人間の弱さ」について議論する際の、「論点の地図」として活用していただけるとうれしいです。

皆さんの感想や気づきも教えていただけるとさらに嬉しいです。

感想

日本に暮らしていると、どれほど多くの恩恵を受けているかを意識することは少ないものです。清潔な水、おいしい食べ物、きれいな病院、整備された道路、学校、etc.。それらは、社会基盤や文化的常識がしっかりしているからこそ、当たり前のものとして享受できています。本書を読んで、そのありがたさを改めて実感しました。

同時に、その常識もひとつの大きな出来事で崩れ得ることを、コロナ禍を通じて私たちは経験しました。まだ記憶に新しいでしょう。

たとえば、日本では子供のころに受ける風疹などの予防接種を、多くの人が疑うことなく受けます。しかし、コロナワクチンは違いました。常識として定着していなかったからこそ、人々の反応は大きく分かれ、「何を信じればよいのかわからない」という状況が生まれました。

この経験を思い出せば、援助する側が提供する対策に対し、貧困社会の人々がどのように反応するかを想像できるのではないでしょうか。彼らの反応は、コロナの予防接種に対する我々の戸惑いと通じるものがあるのではないかと思います。

また、相対的貧困が拡大する日本社会のなかでも、生まれた環境によって享受できる前提やサービスに差が生じつつあります。個人主義が広がるなかで、「すべては自己責任」という風潮が強まる危険性も感じます。

私たちは、人間はみな愚かで弱い存在であることを認識することから、優しい社会が始まるのでしょうか。2000年以上前、ソクラテスは「無知の知」と語りました。その言葉の重みを、改めて感じています。

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