『ボーンズ・アンド・オール』 骨まで食べた後にそれでも残るもの
食人というモチーフは、日本のアニメでも馴染み深く、『東京喰種』や『鬼滅の刃』など枚挙にいとまが無い。
そんな中で『ボーンズ・アンド・オール』が特徴的だったのは、食人という行為に味覚が結びついていないことだ。
作中の人喰いは、喫緊の上を満たすために人肉を食べることはない。
普通の人間と同じ食事もするし、数年間くらい人肉を食べなくても死んだりとかはしない。
『東京喰種』だと、人喰いのグールとなってしまった主人公は、人間の肉とコーヒー以外、舌が受け付けなくなり、人の肉を食べなければ、飢えてしまう。
味覚や食欲の問題となる。
一方『ボーンズ・アンド・オール』では、嗅覚に関する描写が顕著になる。
離れたところからでも、匂いで仲間の気配を察知したり、食べ頃の死肉の匂いがわかったりする。人喰いたちは嗅覚に優れている。
野生生物的な能力とも言えますが……あえて誤読。
匂いというのは、最も強烈に記憶を呼び起こすそうです。
(調べたら、プルースト効果というおしゃれな名前が付いてました)
なので本作は記憶に関する映画なのではないかと思った。
サリーが食べた人間の髪の毛を持ち歩いているのは、相手を憶えていたいからだ。
罪悪感や戒めのために持ち歩いているわけではない。
記憶の中で繋がるためのアイテムなのだ。
しかし、サリーは好きな相手を何人食べても、満たされた感覚がなさそうだ。
一方、ラストのクライマックスでも、マレンがリーを食べる。
食べて相手を取り込む。
していることはサリーと同じだと思います。
しかし、マレンとリーの間にあるのは、肉体の所有以上に、過去の所有。
サリーのように相手の肉体だけを手に入れても、心の渇きが癒えることはない。
マレンとリーは旅の中でお互いの過去に目を向ける。
アメリカ横断の旅は、自分達の過去の探究でもある。
そして旅の終わりには、相手の全てを知り尽くすことになる。
その上で骨まで食べられることで、記憶だけがあとに残る。
ラスト、草原で抱き合う二人の姿は、記憶の中の世界だ。
相手の中に理想の記憶として留まり続けるリーの姿だ。
この映画はそんな愛の理想を、少し過激な表現で見せてくれる。
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