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【植物と短歌】キンモクセイ

大好きな季節がやってきた。
窓を開けると、外に出ると、どこからか甘い匂いがふわっと漂ってくる。
キンモクセイだ。


キンモクセイの花

キンモクセイは、クチナシ、ジンチョウゲと並んで世界三大香木に数えられる。

その強い香りから、日本では昔トイレの近くに植えられたり芳香剤に使われたりしていた。
だから40代以上の世代では、キンモクセイの香りはトイレを想起させあまり好まれないらしい。
実際私の親もキンモクセイの香りは好きではないと言っていた。

しかし次第にトイレの水洗化などにより悪臭などの問題が解消され、また芳香剤の香りの開発が進みバリエーションが増えたためキンモクセイの香りがトイレの匂い消しに使われることはなくなった(*1)。
そのため若い世代の中でキンモクセイ=トイレという印象は薄れているようだ。
最近だとキンモクセイの香水などもあり、キンモクセイの香りはむしろ好まれる傾向にありそう。

その世代による嗜好の違いが短歌に反映されていたら面白いが、どうだろう。

キンモクセイは中国原産の花で、江戸時代ごろに日本にやってきたと言われているので(ちなみに日本にあるのは全て雄株)、和歌には登場しない。
そのため近代短歌から探してみる。

近代短歌データベースというサイトを発見したので、さっそく「金木犀」と検索してみる。

雜司ケ谷の金木犀の枝二三絲すすきと共に枕べにあり

「去年の雪」窪田空穂

二歩ばかりおくれし君に月いでで金木犀の秀にかをる宵

「歌稿 夕陰草」前田夕暮

夜のくだち小雨しづみてにほひ来る金木犀にうらなづみゐる

「白南風」北原白秋

著名な近代歌人の作品データベースのなかでたった3首しかヒットしなかった。

そこで検索語を「木犀」に変えてみたところ、32件に増えた。
その一部を抜粋する。

大木の木犀金の霧降りて立ちこめたらばこれに似なまし

「深林の香」与謝野晶子

裏山の径をのぼりて木犀の香を嗅ぐころぞ秋はれわたる

斎藤茂吉

冷かに木犀かをる朝庭の木蔭は闇き椰の落葉や

長塚節

秋のそら碧きがはてに木犀の一老樹あり日は匂ふかな

若山牧水

糜かげに木犀はそれとはな咲きてつめたき霧にかをりをはなつ

中村憲吉

モクセイはキンモクセイと違うのだろうか?図鑑を引いてみよう。

花色によって品種を分け, 白, 橙黄, 淡黄色のものを, それぞれ銀桂, 丹桂, 金桂という. 日本ではふつう, それぞれをギンモクセイ var. fragrans Makino, キンモクセイ var. aurantiacus Makino ,およびウスギモクセイ var. thunbergii Makino にあてる. 

堀田満ほか. 世界有用植物辞典. 平凡社, 1989, p758

どうやらモクセイという大枠があって、その中で花色ごとにキンモクセイとかギンモクセイに分けている、ということらしい。

昔はひとくくりにモクセイと呼んでいたのだろうか。

次に現代短歌を見てみよう。

ゆつくりと私は道を踏みはづす金木犀の香りの中で

笹井宏之

ここからは金木犀の射程だと知るひとだけがマスクをずらす

toron*

どこからか香る金木犀たちに会話が途中で盗まれていく

秋山ともす

金木犀の花の微細な十字架が散りつもるすなはち今朝は雨なり

日置俊次

いっせいに腹這いに金木犀が来るよ来る風に道を曲がれば

椛沢知世

Hush-a-bye つかのまの死と思うとき金木犀がどこかで香る

菅原海春

夜はいい 金木犀の金粉の数ほど君が嘘ついている

吉川宏志

私が過去に見たものをいくつか載せた。
現代短歌ではキンモクセイはよく詠まれている気がする。
Xでも秋になるとキンモクセイの歌がよく流れてくるし、キンモクセイといえば秋の風物詩として扱われている印象を受ける。

近代短歌とは反対に、現代短歌でモクセイが詠み込まれた歌を私は見つけられなかった。ちなみにギンモクセイを詠んだ現代短歌も見つけられなかった。

世代による嗜好の違いは多少歌に反映されている…?
でも昔キンモクセイが嫌われていたことではなく、最近より好まれるようになったことが反映されている、と言った方が正しそう。


最後に余談。キンモクセイのお茶を飲んでみたいと思い、紅茶・玄米茶・緑茶・麦茶の茶葉にキンモクセイの花を混ぜて淹れてみた。


茶葉に混ぜるキンモクセイの花。ここから茎などを取り除く。
紅茶withキンモクセイ

私の中で美味しさの順は、玄米茶>紅茶>緑茶>>>麦茶 だった。

簡単なので興味のある方はぜひお試しあれ。
ただ花に結構アザミウマ(すごくちっちゃい虫)がついているのでそこは注意。



(*1)  戸川明彦(2021)「最近の家庭用芳香消臭脱臭剤の動き」『 J. Japan Association on Odor Environment』 Vol. 52 No. 1 、3-9
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jao/52/1/52_3/_pdf/-char/ja


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