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ワンオペと組織の冗長性 ーユニットケア考3ー介護施設の課題Ⅵ-3


7.過重な責任とワンオペ体制

 ユニットケアを職員の立場から考えてみましょう。

 社会学者たちからユニットケアについて次のような指摘がなされています。

 責任の分担ができない状態で、すべての利用者の健康と安全が一人の肩にかかる。それがユニットケアではワーカーに絶えまない緊張を強いているという実態。

東京大学文学部社会学研究室・工学部建築学研究室2006

「ユニットケアでは、ケアワーカーが、「他に代替不可能」なケア責任を一定の時間と空間のうちで背負わされてしまう。」

上野千鶴子 2011『ケアの社会学』太田出版 p155

 ユニットケアの人員配置基準では、日中は一つのユニットに最低限1人以上の介護職員を配置しなければなりません。これは誠にお寒い人員配置基準です。こんな基準では完全にワンオペ(one operation)体制ということになってしまいます。
 しかし、実際には日中の時間帯は2~3人程度の職員配置となっているのが普通でしょう。要するに、日中では最低でもユニットの入居者10人に対して職員が2名の配置になるのですが、この場合、入居者と職員の比率は5:1となります。1人で5人の入居者のお世話をするということです。

 十分な配置のように思えるかも知れませんが実際の介護現場は配置比率ではなく配置人数が問題なのです。
 入居者10人のフロアに職員が2人配置のユニットケアの場合と、入居者30人のフロアに職員配置6人の非ユニットケアの場合を比較すると、同じ5:1という職員配置比率でも1人の職員が対応すべき介護行為(移動・移乗、見守り、排泄、整容、着替え、摂食、入浴、調理、配膳、下膳、掃除、ゴミ捨て等々)の範囲、守備範囲はユニットケアの職員2人の方が圧倒的に広くなるのです。
 非ユニットケアの6人の場合だと役割分担ができるし、お互いの業務をカバーし合えるのです。

 実際にユニットケアでは入浴の時間帯などはフロア(共同生活室)に1人の介護職員しかいない場合が多いのです。
 そんな時間帯に、入居者の一人がトイレを訴え、トイレ介助した場合、フロアに介護職員が誰もいないという危険な場面が生じてしまいます。また、そのトイレ介助している時にナースコールが鳴ったら、介助している職員はどう対応していいか途方に暮れることもあるでしょう。

 とにかくユニットケアではカバーしなければならない守備範囲が広すぎますし、役割分担、責任の分担ができないのです。責任(responsibility)とは応答(response)するということですが、介護職員一人だけでは入居者のニーズ、要望、訴えに応答しきれず、責任を果たせなくて悩み苦しむことが多いのです。

 職員が特定のユニット(所属ユニット)の専任ということは、他のユニットの介護は原則的にしないということです。
 なぜならユニットケアは家庭的な介護なので、他の家庭(ユニット)のお世話はしないということが原則なのでしょう。
 このような原則は日本の中学校などの不条理な校則のようなものです。

 ユニット型の介護老人福祉施設などでは2ユニットに一人の夜勤者ですから。当然、夜間だけは自分の守備範囲のユニットだけではなく、他のユニットの入居者のお世話も当然しなければならないのです。
 このように、建前と実際に齟齬そごが生じていたのです。
 しかし、これはいくら何でも酷いですし実際的ではないので、厚生労働省は2024年度の介護報酬改正で、ユニット型施設において次のような改正通知を発出しました。

 引き続き入居者等との「馴染みの関係」を維持しつつ、柔軟なサービス提供により、より良いケアを提供する観点から、職員の主たる所属ユニットを明らかにした上で、必要に応じてユニット間の勤務が可能であることを明確化する。

【通知改正】

 厚生労働省が、やっと所属ユニット以外のユニットの介護を認めました。厚労省がユニットケアの現実を追認したということでしょう。だったら、今までの指導はなんだったのでしょうか。行政は自らの間違いを決して認めませんね。

 職員の二つのユニット間の勤務がやっと認められましたが、それでも、ユニットケアの夜勤時は完全なワンオペ体制です。 
 ワンオペは、深夜のコンビニや飲食店、育児や介護など、さまざまな現場で社会問題としても取り上げられましたが、ユニットケアの夜勤もまさしくワンオペであって社会問題なのです。

 少人数で家庭的ということを謳い文句にしているユニットケアは、恒常的に責任分担ができない体制であり、介護職員に過度な責任を担わせ、絶えまない緊張を強いる構造になっているのです。

※  ワンオペ(one operation)とは単一の操作・工程の意。1つの店舗・事務所などで1人の従業員・担当者にすべての業務を行わせている状態のこと。2014年に牛丼店「すき家」の全国の店舗の大半で、ワンオペによる深夜の労働体系が敷かれていたことが発覚し社会問題化した。

8.柔らかなユニットケア(組織の冗長性)

 ユニットケアは少人数で居宅に近い居住環境・日常生活の中で一人ひとりを大切にした個別的な素晴らしいケアを受けられるというのが建前なのですが、実際は家庭的介護神話にとらわれすぎており、ユニット・居住区がゲットー(Ghetto)化し移動の自由を抑圧しかねない可能性があります。 
 さらに、職員体制もワンオペ体制で、職員に過重な責任を負わせているのです。

 上述のユニットケアの課題を解決するためには、最低限、次のことが必要だと思います。

① 移動の自由確保(権利の保証);当事者(入居者)のユニット間の移動を自由にし、準軟禁状態を解消すること。

② 社会的空間の整備(施設ハード面の要請);当事者の社会性を広げられるような共同生活室とは別の社会的空間を設けて当事者の社会的な広がりを確保、推進できるようにすること。

③ 人員配置の見直し;人員配置基準を見直し、日中帯の勤務者は1ユニットにつき最低でも3人以上にすること。この人員配置基準を保証するために介護報酬単価を上げる等の政策支援をすること。

④ 組織の冗長性(リダンダンシー:redundancy)を高める;
 この冗長性じょうちょうせいに関わることについては介護施設全般に言えることですが、特にユニットケアにおいては早急に取組む必要があります。
 冗長性とは余分なもの、余剰があるという意味ですが、原子力発電所や航空管制塔などの失敗が許されない組織(高度信頼性組織)の研究から、安全性を保つためには緊急時に備えて組織全体に重複性、二重性を備えるなど冗長性が確保されていることが必要とされているのです。
 (参照:福島真人2022年『学習の生態学-リスク・実験・高信頼性-』ちくま学芸文庫P251,252)

 特に、災害等の発生時には組織と設備の冗長性が重要であることがわかっています。
 介護施設でも事業継続計画(BCP: Business Continuity Plan)の作成が義務化されていますが、災害時の事業継続のためだけではなく、日々の介護業務においても、冗長性を高めていくことが必要です。
 なぜなら介護施設では慢性的な人員不足に加えて急な職員の休みや退職等はよくあることだからです。日々、危機的状況に襲われているようなものなのです。

 特にユニットケアにおいては、ワンオペ体制や過重な責任等々への対策として、組織の冗長性確保は不可欠です。つまり、職員の役割、守備範囲の重複性、二重性を持たせることにより相互協力体制を構築しておくことが大切なのです。
 具体的に言えば、職員の受け持ち範囲を一つのユニットに限定せず複数のユニットをカバーできるようにすること(担当エリアの重複性)。
 つまり、一つのユニットの専任職員だけで介護を完結させようとせず、複数のユニットの職員が協力し合い、助け合える体制を構築しておくことです。さらに、介護職員や相談員、事務員といった職種ごとの役割、守備範囲にも一定の重複性を持たせることも検討すべきでしょう(担当業務の重複性)。 

 この冗長性の確保により、家庭的介護神話の打破につながり、職員の過重な責任を和らげ、ワンオペを回避することにつなげていけるかもれません。

 ゲットー化され、過重な責任を職員に押し付けるユニットケアを転換する必要があります。
 そのためには家庭介護神話を脱し、ユニット別のガチガチの人員体制を柔軟に組換え、冗長性を高め、理念的にも組織的にも「柔らかなユニットケア」を目指すべきだと思うのです。 


 蛇足になりますが、Abuse/虐待の背景には職員の過重な労働、過重な責任があると思います。私は、虐待防止のための組織作りにもこの組織の冗長性(redundancy)が重要だと思いますし、ジャスト・カルチャー(Just Culture:公正な文化)を中核的な価値としている高度信頼性組織(HRO : High Reliability Organization)が有効だと思っています。


 ユニットケア考は3回シリーズです。


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