第二回"映画館で映画を観るってどんな魅力があるんだろう" 連載企画/西澤彰弘さん(東京テアトル株式会社 映像事業部編成部長)
連載第二回では、映画『最後にして最初の人類』(7/23公開)の日本劇場公開の立役者・西澤彰弘さん(東京テアトル株式会社、映像事業部編成部長)に「映画館で映画を観る」ことについてお話を伺いました。
第二回
西澤彰弘さん(東京テアトル株式会社、映像事業部編成部長)
早速ですが、ご自身のお仕事について教えてください!
(西澤)映画ファンにすら「番組編成」という仕事を知られてないんですが、おそらく映画業界の中では花形に近い仕事です。どこの映画館にも必ず番組編成という仕事をする人がいて、僕の場合は、テアトル系の映画館で、「いつ」「どの」作品を上映していくのか、ブッキングしていく仕事です。
そんな「番組編成」のお仕事をされている西澤さんですが、自己紹介の代わりに「映画館での映画体験」と言われて思い出す作品を教えてください。
(西澤)映画体験といわれて思い出す映画が『タワーリング・インフェルノ』です。当時、歌舞伎町だったのかな・・・小学校2・3年の頃で、いままで観たことあったのが『寅さん』とか「東映まんがまつり」とか『ドラえもん』とかで、『タワーリング・インフェルノ』は初めて兄貴に連れられて都会の映画館に観に行ったんです。あのときは映画館にお客さんガンガンいれてて、立ち見で観たんですよ。その雰囲気と作品の内容に圧倒されちゃって、「映画っていいな」って思いました。
そんな体験のあと、なぜ映画の仕事に?
(西澤)その時に漠然と映画の仕事をしたいなと思ったんです。うちの兄貴も映画がすごい好きで、80年代のあの頃『ジョーズ』とか『未知との遭遇』とか錚々たるハリウッドメジャーの映画が日本に入ってきていて。今と状況と違って、年間に洋画が100本あるかないかの公開本数だったので、本当に大作と呼ばれる映画しか入ってきてなかたんです。それを見て育ったから、映画ってすげえなって。映画が好きすぎて、小学校くらいから漠然と映画の会社で働きたいなって思ってました。高校くらいになってくると、ミニシアターブームが来て、こじゃれた映画やすごい難しい映画を観るようになって、わけわかんない映画をみんなで話したりするのが楽しかったんですよね(笑)。
「編成」という仕事を知るのはいつ頃なんですか?
(西澤)僕、(東京の)小平の出身なんですが、近くに立川があって、立川の映画館では2本立てで映画を上映してるんですよね。吉祥寺とか新宿に行くと上映が1本だったんです。中学生くらいのとき、それがとても不思議で、立川の劇場の人に「立川はなんで2本立ての上映をしているのか」「なぜそんなことが起こってるのか」と聞いたのが始まり。その人が「編成」って言葉を出したかはわからないけど、「映画館で映画を決めている人がそういうふうにやっているんだよ」と教えてくれたんです。それで「上映する映画を決める仕事に就こう」と。他の人と違って、映画を配給したい、宣伝したい、買付したい、とかじゃなくて、出来上がった素晴らしい映画を自分のところの映画館で上手くブッキングしていきたい、完成されたものをみんなの力でお客様に届けたい、と思ったんです。
その頃の夢をそのまま叶えたということなんですね。
(西澤)小学生くらいから映画館で働きたいと思ってて、卒業してこういう仕事に就けていてとても幸せですね。
今のお仕事に就くまではどのようなお仕事をされてたんですか?
(西澤)大学卒業してから、東京テアトルに就職して、最初の1年がホテルのフロントマン、次の1年で雑貨屋の店長と仕事をしました。それでも映画の仕事がしたくて、会社とも話をしたり、レポートを出したりして、劇場営業に異動しました。そのあといくつか劇場を担当したあと、本社の編成部に入りました。かれこれ20年くらいになるのかな。
西澤さんのTwitterアカウントは業界内でも注目されてますが、20年のお仕事のなかで、なぜSNSを始めたんですか?
(西澤)東京テアトル配給のアニメ映画『とある飛空士への追憶』(2011)のときに、宣伝としてTwitterを始めましょう、となったんです。その頃はまだ、Twitterが宣伝ツールとして頻繁じゃない時代で、宣伝の担当から「携帯持っている人はみんなやって下さい」と言われたんです。それで当時「アカウント作ってよ、そしたらやるから」と言ったら、Twitterのアカウントの名前も写真もその担当の子が作ってくれました。そしたら、その子が「もっとつぶやいてください」って言うんです。食事のこと、映画のこととか、そういったことを増やしていくうちに今も続いていますね。
いまはどんな活用を?
(西澤)しばらく使ってるですが、映画祭のことをつぶやき始めたらフォロワーも増えていきました。カンヌ映画祭の公式からもフォローされてるんですよね(笑)。いまでは僕も忙しくなってきて、映画の宣伝にダイレクトに使おうって気持ちはなくって、それを見て映画館に足を運ぶお客様が増えたらいいなと、ほんと、純粋な感じで使ってます(笑)
そんな西澤さんは「編成」として上映作品はどのように決めてるんですか?
(西澤)皆で話をするというより、基本は僕の感性で決めています(笑)。正直に言うと、会社なので、ヒットする、ヒットしない、の判断は必ずしていますね。東京テアトルのそれぞれの映画館(全9サイト)にはキャッチコピーがあって、それぞれターゲットを持っていて、劇場に合わせたイメージ戦略があるんです。
ヒューマントラストシネマ渋谷|自分の好みが見つかる映画館
ヒューマントラストシネマ有楽町|大人の休日が過ごせる心地の良い映画館
テアトル新宿|日本映画の今を写し出す邦画専門の映画館
シネ・リーブル池袋|ボーダーレスなセレクトで映像カルチャーを発信する映画館
キネカ大森|日本初のシネコンとしてオープンした映画ファン憩いの映画館
新所沢レッツシネパーク|他のどこにもないここにしかないがある映画館
テアトル梅田|世界のインディペンデント系作品を上映する“間違いない”映画館
シネ・リーブル梅田|様々なジャンルの良質な映画を幅広い世代へ提供する映画館
シネ・リーブル神戸|上質な空間で多彩なラインナップを楽しめる映画館
特にヒューマントラストシネマ渋谷は、オープン当初から実験の劇場です。いままで、10スクリーンあったら、シネコンでは、すべてロードショー(ハリウッドメジャーや邦画の大作)しかやってなかったし、アートハウスの映画館では、アートハウスの映画しか上映してなかった。なので、ロードショーの映画にアートハウスの映画予告をつけたりして、お客さんと「映画」との出会いの橋渡しを映画館でしようかなと思ったんです。そのイメージでブッキングをしています。
僕らの仕事はとても幅広い作品を扱うんですよ、特集上映の「未体験ゾーンの映画たち」があれば、邦画のインディーズもある。ハリウッドメジャーもあれば、アートハウス系やムーブオーバー(公開日よりあとに追って公開するスタイル)もやる。上映作品は全方位でやってるんですけど、それをランダムで上映するんじゃなくて、ターゲットを絞って、戦略的にどの映画をどのタイミングで、どの劇場にブッキングすることを考えています。
劇場のターゲットに合わせたブッキングのなかで、日本初の音響システム「odessa(オデッサ) 」はなぜ導入となったのでしょうか?
(西澤)僕らが「odessa」を導入したのは、去年の春。その前の年から、設備の導入を想定していました。転機となったのは、配信ビジネスと映画館は共存できるという考え。敵対する、負けていくのではなく、配信と映画は共存できると思っている。それを踏まえて、映画館に来ていただくお客様にどんな付加価値をつけられるかなとなったときに、ミニシアターならではの「小さい箱での音響環境」というのは、シネコンにはできないことなので、音響環境に投資して、お客様に来てもらおうというのが第一の発想でした。それで「odessa」にたどり着いたんです。
きっかけは、配信ビジネスと映画館の共存だったんですね。
(西澤)映画館にお客様を呼ぶのってすごく大変でしょ。ただ、映画館に映画を観る人たちのステータスも尊重したいし、配信で観る人達のステータスも尊重したい。今はODS(“Other Digital Stuff”の略で、“非映画デジタルコンテンツ”)の全盛になってきてるので、そういったものも上映します。ハードルはすごい高いんですけど、そういうものもやっていくことによって、少しでもお客様の生活が向上できれば、という気持ちで色々やってますね。堅苦しい企画からラフな企画まで幅広くやることで、コアな映画ファンのお客様も企画内容ありきで来てくださるラフなお客様も映画館に来てもらえたらと上映を企画しています。
実際に「odessa」の導入を経て、お客さんの反応はいかがですか?
(西澤)音にこだわる映画ファンって実際すごくいらっしゃるんです。音響設備に特徴のある映画館は、関東だと川崎の「チネチッタ」、立川の「シネマシティ」って言われてたのが、うち(ヒューマントラストシネマ渋谷)が加わって3拠点をはしごして観にいくっていうお客様も多いです。吟味する音ファンに向けての礎はできたなという感じはしますね。若いお客様に向けても、まずは映画ってすごい体験ができるんだ、と思ってもらいたいので、ちょっと意識して若めの作品を入れているかな。いろんな方に映画館って音こんなにすごいの?もう一回映画みてみようかなって気持ちを興させるくらいになってくれればいいなという感じです。
「odessa」で上映すると実際に何が変わるのでしょうか?
(西澤)映画って結構ギミックが入っていて、音楽がすごい大事。先日、専門家に聞いたのは、「ゼロ・グラビティ」のこと。公開当時、監督のアルフォンソ・キュアロンがスクリーンにこだわっていた話はよく見かけて、実際にDolby Atmosでも上映していましたが、実は音もすごい。途中、宇宙空間に放り出されるシーンがあるんですけど、そのシーンで突然音楽が消えるんです。映画館で上映すると、同じシーンでも超低音、超高音と一緒に人の耳に聞こえない音が出てるんですよ。その波動によって、ふわっと宇宙空間に放り出されたような音が出てる。それを映画館で観ると観客が体験できるんです。
「odessa」上映作品として、なぜ映画『最後にして最初の人類』に注目したんでしょうか?
(西澤)そうですね。ヨハンソンは2018年に亡くなっているので、最初で最後の監督作ということにまず惹かれました。ヨハン・ヨハンソンってそんなに有名じゃないんだけど、映画ファンだったら引っかかる方も多い。しかも作曲家の彼の映画だから「音におもしろいギミックが入っているはず」と注目していました。きっとこの作品は、100年後、カルトな映画になってると思うんですよ。これこそ本当に、家じゃ味わえない。僕らが見てても、ただ単純に迫力がある音がすごかった、だけじゃなくて、聞こえない波長の音がでてるので、それが体に響くんです。そういう体験ってご自宅じゃできないので、「音がつかめる映画」だと思うんですよ。
映画の醍醐味を感じることができる作品だと思っていたってことですよね。
(西澤)映画館って、みんな、楽しさとか感動を共有できるとか、いろいろあると思うのですが、もちろんそれだけじゃなくて、密室に入れられて、知らない人と共有するって、いい体験だと思うです。なので、映画に対して、肩を張らずに気楽に見に来てほしいなっていうのが本音なんです。「あそこの映画館って、何の映画やってるかわからないけど、すんげえ音らしいよ」ってなったら、それだけでいいかなって思ってます(笑)。
「odessa」の実際の特徴はどんなところですか?
(西澤)「odessa」って体に響く低音が注目されがちだけど、聞こえない音が聞こえるスピーカーなんです。「odessa」を作った人が言っていたのは、「作者が残したサインを聞くことができるスピーカーなんです」と。どんな作品も制作者側が意図せず入れていた音とか、聞こえない音が入っているそうなんです。今年公開した『SLEEP マックス・リヒターからの招待状』でも全くの無音があって、そこに意図があるんです。そういうサインを正確に聞かせることができるのが「odessa」の魅力。今、上映している『Mr.ノーバディ』とかもすごくいいですよ!
音響だけでなくて、スクリーンでいうと、テアトル新宿で日本初導入したスクリーンもすごくいいんです。シネマート新宿もブーストサウンドをこの夏導入してますが、僕らのアートハウスの映画館ってスクリーンも売りは売りなんだけど、音もなんですよね。本当に進化している。映画館の設備がすごい、というよりも映画が付随していかないと、やっぱり情報が伝達していかないので、映画の力を借りて、劇場も一緒に宣伝していきたいと思っています。
最後に今、伝えたいことがあれば!
(西澤)いま、映画館がこんなに日常じゃないものになってしまったのが、不思議じゃないですか?なので、今はみんなにとって映画館が日常になってほしいですね。それって、考えることじゃなくて、気が付いたら日常になってると思うんです。映画業界で働くわたしたちは変わらず映画のことを考えているし、映画館は皆さんにとっての日常であるべく、なるべく閉じないで営業を続けてきたつもりです。営業を続けていくことによって、お客さんの不安が少しでも解消されれば、という気持ちを常に持っているんです。お客様が抱いているコロナの呪縛から早く解かれるように願っていますし、近い将来、映画館に行くことが日常になっていくと嬉しいですね。
2021/07/09
第3回&第4回と掲載が決まった本企画。7月23日公開の映画『最後にして最初の人類』とともに引き続きお楽しみいただけますと幸いです。ではまたnoteでお会いしましょう!
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