生態学的に見るマイクロバイオームの安定性とレジリエンス
今日はちょいと専門的なお話。
私たちの体には、何十兆もの微生物が共生している。
彼らは日々すさまじいスピードで増殖や世代交代を繰り返しながら、宿主である私たちのすぐ側で生命活動を営んでいる。
次世代シーケンサーの普及によって、細菌やウイルスの種類をゲノムから推測できるようになってから、微生物たちがどんなふうに私たちの体外で暮らしているかが可視化できるようになってきた。
そこで、彼らの顔ぶれがどの程度変化しているのか、その変化に周期性はあるのか、あるいはどの程度安定しているのか、ということが研究者たちの興味対象となった。
今回は、マイクロバイオーム(特に細菌、さらに特に腸内細菌)の変動や安定性について、生態学的な視点から紹介していく。
※本記事は「腸内細菌の驚くべき変動と回復力:わたしのマイクロバイオームは変わるの?」の続き記事です。
最初から順番に読んでいくと、腸内細菌がどの程度柔軟に変わりうるのか、より理解が深まります。
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生態学的に見るマイクロバイオームの安定性とレジリエンス
マイクロバイオームを理解するうえで、生態学のモデルを少しだけ理解しておくこと(1)はとても役に立つ。
生態学では、安定しているという状態は主に2つの側面で語られる。
ひとつは「レジスタンス(resistance、忍耐力)」で、もうひとつは「レジリエンス(resilience、回復力)」だ。
「うんちと、健康であることと、腸内細菌の話」でも見たように、これらレジスタンスやレジリエンスが高い生態系は、強く安定した生態系だと言える。
レジスタンス(resistance)
強く安定した生態系には、新たなメンバーが入りづらくなり、日和見病原体も幅を効かせづらくなる。
このような生態系は、生態系バランスを崩さずに耐える力が強い。これを生態学では「定着抵抗性(colonisation resistance)」(2)と呼ぶ。
こうした生態系は往々にして多様性が高いことがわかっている。
ここでいう多様性とは、顔ぶれの多様性はもちろんのこと、その結果として機能が重複する(機能の冗長性、functional redundancy)ことも含まれる。
機能が重複していれば、あるメンバーが欠けたとしても、ほかのメンバーが同じ機能を担えるようになるため、全体として生態系のバランスは大きく崩れないということになる。
このようなレジスタンスは、広義では次に述べるレジリエンスの第一段階と同じ意味を指す場合もある。
少々書き方が難しくなってしまったけれど、要するに「ちょっと怪我をしてもすぐに治る力」と考えるといいかもしれない。
レジリエンス(resilience)
レジリエンスとは、外から撹乱(攻撃やストレス)を受けて一時的に生態系バランスが乱れても、またもとのあるいは別の平衡状態に戻る力のことだ。
レジリエンスの概念は、いくつかのタイプに分けて考えるほうがわかりやすい(3)。
第一のタイプは、上記のレジスタンス状態として、多少の怪我や風邪ならすぐに元の状態に戻れる状態だ。
ここでは、生態系のメンバーの多少の増減やその時働く機能の変化はあれど、全体の構造と潜在的な機能は変化しない。
バンドエイドを貼ったり、栄養をしっかり摂って休息すれば治りが早くなる。
第二のレジリエンスタイプは、ある種が絶滅してしまうなどして、生態系の構造(構成メンバー)が変わる場合である。この場合は、残った種が別の平衡状態を構成するものの、まだ生態系としての機能を果たすことができる。
大腸を切除しなければならない病気にかかったり、足を切断するような怪我をする場合を想定するといいかもしれない。この状態に至っても、私たちはまだ日常生活を送ることができる。もしそうしたければ、人工的にそれらの組織を付け足すことも可能かもしれない。
場合によっては、見方次第でより良い平衡に落ち着く可能性さえある。
三番目のタイプでは、生態系の構造が修復不可能なほどに変化し、本来棲み着くことのできなかった生物種が侵入し、場合によっては二度ともとの状態に戻らなくなってしまう状態になる。
私たちの怪我に例えるなら、植物状態になったり、もう命が助からないような大怪我だ。生態系は、もとの状態と比較すると死んだも同然の状態になる。
もちろん細菌などの微生物が完全に死滅していなくなることはないが、焼け野原のようになった場所に残った微生物たちと、私たちはもはや共生することは難しくなる。
レジリエンスの概念は、すごく重要ですごく面白く、ちゃんと理解することはすごく難しい。
ヒト共生細菌のレジリエンスや安定性については、面白いレビュー文献がいくつもあり(4-6)、科学者の興味をかきたてていることは間違いない。
ヒトの腸は選択圧が高い
強い生態系は多様性が大切であることを繰り返し述べてきているけれど、実はヒトの腸マイクロバイオーム生態系は、一般的な自然環境中のマイクロバイオーム生態系に比べると多様性がそれほど高くない。
むしろ、多様性は低く、選ばれた特定の種たちだけが棲みついている。
この「選ばれた」というのが大切で、生まれた瞬間から、私たちは自分たちの腸に迎える細菌を選んでいる(7)。
多くの細菌は酸素を必要とするのに対し、ヒトの大腸には酸素がほとんどない。
生まれてから数日は大腸にも酸素があるのだけれど、その酸素はそのとき腸にいる細菌たちによって消費され、あとから増えてくる酸素の苦手な菌(嫌気性菌)たちのための環境を作る。
嫌気性菌は、腸に入ってくる食物繊維などの栄養源を順番にリレー式に分解しながら、ヒトに有用な物質をたくさん出してくれる、ヒトの腸の主人公たちだ。
生態系はやみくもに多様性を高めるわけではなく、その環境に適した生物たちが相互に作用し、環境を維持していくために必要なだけ多様になり、そのなかで個体数の調節をしている。
言い換えれば、腸では腸内環境に適した種が、ちょうどよいバランスで棲みつき、彼ら自身が腸内環境の維持に貢献している。
安定した生態系は、高い選択圧によって実現されている。そのおかげで、病原菌などの外部からの侵入者はそう簡単に腸で増えることができない。
その証拠といえるかどうかまでは定かではないが、70代くらいになると腸内細菌の多様性が一段階増す。
増えた細菌は本来口腔や上部消化管にいる細菌たちが多いという(8)から、胃酸の分泌や腸の酸素濃度、pHなどの腸内環境の調節力が落ちた結果、選択圧が下がり、細菌の多様性が増したと考えられる。
安定してレジリエンスの高い腸マイクロバイオームと「多様性の高さ」はかならずしも連動するわけではないことに注意が必要だろう。
1. Fassarella M, Blaak EE, Penders J, Nauta A, Smidt H, Zoetendal EG. Gut microbiome stability and resilience: elucidating the response to perturbations in order to modulate gut health. Gut. 2021;70(3):595-605. doi:10.1136/gutjnl-2020-321747
2. Buffie CG, Pamer EG. Microbiota-mediated colonization resistance against intestinal pathogens. Nat Rev Immunol. 2013;13(11):790-801. doi:10.1038/nri3535
3. 隆雨宮, 隆寿榎本, アクセルロスベアグ, 公紀伊藤. 生態学的レジリエンスに基づく環境管理. 日本生態学会大会講演要旨集. 2004;ESJ51:726-726. doi:10.14848/esj.ESJ51.0.726.0
4. Faith JJ, Guruge JL, Charbonneau M, et al. The Long-Term Stability of the Human Gut Microbiota. Science. 2013;341(6141):1237439. doi:10.1126/science.1237439
5. Lozupone CA, Stombaugh JI, Gordon JI, Jansson JK, Knight R. Diversity, stability and resilience of the human gut microbiota. Nature. 2012;489(7415):220-230. doi:10.1038/nature11550
6. Relman DA. The human microbiome: ecosystem resilience and health. Nutr Rev. 2012;70(Suppl 1):S2-S9. doi:10.1111/j.1753-4887.2012.00489.x
7. Foster KR, Schluter J, Coyte KZ, Rakoff-Nahoum S. The evolution of the host microbiome as an ecosystem on a leash. Nature. 2017;548(7665):43-51. doi:10.1038/nature23292
8. Odamaki T, Kato K, Sugahara H, et al. Age-related changes in gut microbiota composition from newborn to centenarian: a cross-sectional study. BMC Microbiol. 2016;16:90. doi:10.1186/s12866-016-0708-5
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