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はじまりは、真冬のニューヨークだった。

「お帰りになったら、ぜひ感想も聞かせて下さいね」

旅というのは、目的地に行くことではなく、帰ってくることに喜びを見出すものなんだなと、あの時わたしはそう感じた。

***

何でもいいから、一度アメリカに行きたい。
飛行機に乗って、アメリカという国に足を踏み入れてみたい。

そんな気持ちの高ぶりに歯止めが利かなくなったのは、高校3年生の終わり。卒業を1か月後に控えた6年前の冬のことだった。

同級生よりも、少しばかり早く大学入学が決まったわたしは、卒業までの1か月の間に、人生初の海外旅行をしようと決めた。

映画が好きで、ディズニーランドが大好きなわたしにとって、行き先はただ1つ。憧れ続けたアメリカ一択だった。そしてこの時、なぜだか分からないけれど、この機を逃したら一生アメリカに行くことはできないのではないかと、謎の焦りに駆られていた。

そんな焦りを象徴するかのごとく、わたしは学校帰りのその足で、ある旅行代理店へ行くなり、こう言った。
「この1か月で、最も安くアメリカに行ける旅程を教えてください」と。
いま考えれば、なかなかヤバいやつである。

しかし、学ラン姿のわたしの発言に、目を丸くしながらも真摯に対応してくれたのは、その店舗の店長という人だった。
物腰の柔らかいスーツ姿の彼は、胸についた自社の赤いロゴバッジを整えながら「詳しく聞かせてくれますか?」と言い、わたしを席に案内してくれた。

これが、わたしの初めての海外旅行。
忘れられない旅のはじまりである。


***


「〇〇高校に通う、(わたし)と申します。卒業まで1か月で、卒業式には出席したいんですが…なんとかそれまでの間でアメリカに行きたくて‥‥。」

見切り発車。思い立ったが吉日。目的は無し。
ただ、どこでもいいから「アメリカ」という国に行ってみたいという生意気小僧からのお願い。正直、適当にあしらわれるのがオチかとも思ったが、続く店長からは「アメリカの何がお好きなんですか?」「アメリカに行って何を感じられたいんですか?」「旅は、お好きですか?」という、カウンセリングのような質問を受けた。

わたしは聞かれるがまま、その当時の想いを彼にぶつけた。
その結果、選ばれたのは「ニューヨーク」という場所だった。

1週間のニューヨークへの旅。
飛行機とホテルで10万円。
それだけのこと。

いま思えば、本当にたったそれだけのことでしかないのだが、当時のわたしには世紀の大冒険と言わんばかりに気持ちの昂りを見せていた。

そして、スーツケースの選び方から、ドル替えの方法まで。
手取り足取り旅の準備を教えてくれた代理店の店長は、急ピッチで進む旅行の準備の最後にこう言った。

「お帰りになったら、ぜひ旅の感想も聞かせて下さいね」

この言葉の持つ意味はとても大きかった。
無事に行って帰ってきてくださいね。しっかり楽しんできてくださいね。現地でしか味わえないものを食べてきてくださいね。綺麗な景色を見てきてくださいね。念願のアメリカを、全身で感じてきてくださいね。
全部がこの言葉に集約されている気がした。

わたしは、感謝いっぱいの気持ちを込めて「はい」と返事をすると、その数日後には、本当にニューヨークの地に立っていた。英語しか聞こえないという当たり前の状況に歓喜して、本場で食べるマクドナルドの不味さに落胆して、映画で見たロケ地に涙して、何も起きないセントラルパークでぼーっとした。

一瞬一瞬の光景をこの目に焼き付けるように観光し、帰ったらちゃんと感想を伝えられるようにしようと思った。スマホでたくさん写真も撮ったし、お土産もたくさん買って帰ったけれど、何よりもあの空気を身体が忘れないようにして帰ろうと思った。旅というのは、目的地に行くことではなく、目的地に行って帰ってくることに喜びを見出すものなんだなと、肌を突き刺すような真冬のニューヨークで、わたしはそう感じたのだった。


***


帰国後はすぐに、高校の卒業式に出席した。
第二ボタンの行方が気にならないくらい、わたしはまだニューヨークの余韻に浸っていた。

大学入学に伴う引越しの準備も相まって、忙しない日々が続いたが、わたしは改めてあの代理店に足を運んだ。この時はもう私服で、もちろんニューヨークの旅の感想を伝えるためだった。

店に入るなり、
「楽しかったですか?」と、店長。
「それはもう。」と、わたし。

「これからが楽しみですね。」と、店長。
「はい。」と、わたし。

たぶん、あの時の店長は分かっていたのだろうと思う。
高校3年生だったわたしの、謎の焦りや、表現できないわだかまりの正体を。

あの旅は、旅に行くことではなくて、旅に行って帰ってきたあとの、小さな自信を持つことに意味があったのだ。そんな旅の最適解が、真冬のニューヨークだったのだ。

その後、大学に入学したあとで訪れたカリフォルニアも、コロナを経て社会人になってから訪ねたアジア諸国も、どれもこれもかけがえのない旅行となっていることは間違いない。だが、忘れられない旅は?と聞かれたら、わたしにとってのそれは人生初の海外旅行、あの時、あのタイミングで訪れたニューヨークなのである。

現地での特別な経験こそないが、その後に続くわたしの旅のすべての出発点となった話だ。

次はどこへ行こうか。
2度目のニューヨークはいつ行こうか。
今度の旅は、どんな気持ちを携えて帰ってくることができるだろうか。

あの日からずっと、そんな幸せな想いを巡らせ続けている。


***


noteの投稿企画「 #忘れられない旅 」の後援に、JTBの文字を見て、今回の話をふと思い出しました。

企画の趣旨とは外れた内容かと思いますが、当時対応してくださった JTB 宇都宮アピタ店 の店長ならびにスタッフの皆さまには、今でも感謝しています。(地元バレ)

あの旅行をきっかけに、今ではすっかり旅好き人間となってしまい、一丁前に代理店を挟まず、すべて個人手配、現地調達、バックパック1つで行く旅スタイルがテッパンになりました。笑
…が、ただいま社会人3年目、もう少し稼げるようになってきたら、敢えてのツアーを予約する、なんてこともしてみたいと思う、今日この頃です。

(当時を思い出す1曲)

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