me & Ukraine 〜今の現状を知って私にできること〜
SWY29参加/SWY32ADMのりっきーです。
SNSでは“旅する助産師”と名乗り、日本各地で助産師として働き、世界中を旅してきました。
私が5年前にSWY29(世界青年の船第29回)に参加し、その際参加国として乗船したウクライナの青年たちと出会いました。それから今日までを“ウクライナと私”にスポットをあててノートを書きたいと思います。
《戦争で友達を亡くした青年》
SWYでは数々のセミナーや交流、共同生活を通して互いの価値観や社会背景を理解していくなかで、あるウクライナの青年からこんな話を聞きました。
「私が住んでいたところは内戦がひどくて、友達が巻き込まれて亡くなったの」
この平和な時代に同年代の子が戦争で亡くなる? 信じられない……。頭を殴られたような衝撃を受けたのを今でもよく覚えています。
平和ボケしていたんだ、そう痛感しました。世界中のどこかで毎日争いは起きていることぐらい知っていたはずなのに、どこか現実とは違うんじゃないかと自分の世界から切り離して認識していました。戦争は実在する。青年から話を聞けたことでより平和を願う気持ちが強くなりました。辛い体験をシェアしてくれた青年に感謝の気持ちでいっぱいです。
《ロシア軍の侵攻が始まる》
それから月日は流れ5年後、衝撃的なニュースが目に飛び込んできました。それはロシア軍がウクライナを攻撃しているニュースでした。
日本では連日ワイドショーで侵攻状況が取り扱われ、美しい街や人が壊されてく映像が流れました。
一緒に船に乗った友達は幸い無事でしたが、生活が一変したことを聞き、心が苦しくなりました。
ウクライナにいる友達のために何かしたい、けど、何が出来るのだろう……何も出来ていないのに普通の生活を送っていていいのだろうか……。
連日流れてくるニュースと何も出来ない自分、日常を送っている自分が苦しくなり、SNSから遠ざかりました。
《日常にある幸せ》
仕事に行き、休みの日には友人と出掛け、美味しい食べ物を食べ、何の不安もないベッドで眠りにつく。
これは私たちが普段している日常です。
ウクライナでは住んでいた場所を離れ、シェルターで生活している人が数多くいます。それらの多くは元々シェルターとして作られていないため、
設備が整わず苦痛をともなう生活を強いられていました。
簡易的なベッドで便座のないトイレ、洗濯機・冷蔵庫などの家電もないそんな場所をシェルターとして使わなくてはならない環境……住んでる場所から避難しているから仕事もない、そうなると収入もなくなる……想像を絶する生活がそこには存在しました。
私たちが生活している当たり前の日常がこんなに幸せだったなんて思わなかった。日常にある幸せを少しでも取り戻せるようにSWY28/SWY29の友人と一緒にクラウドファンディングを立ち上げました。
《共存とは違いを認め相手を受容すること》
クラウドファンディングを始めてから、微力でもウクライナのために何かできている。そう思えるようになり、私は心の苦しさから少し解放されました。
仲間とアイデアを出し合って、試行錯誤する日々。思うように寄付を募れなくて、悔しい気持ちが原動力となりラスト1週間まできました。
思い返すと、ここまでくるのにさまざまな葛藤がありました。SWYは過去にウクライナ、そしてロシアも参加したことがあります。ウクライナへのクラウドファンディングをすることでロシアの既参加青年が嫌な気持ちにならないか、双方の既参加青年の気持ちを汲み取った活動となっているか不安でした。
私はSWYに参加して、平和的に争いを解決するには違いを認めて相手を受容していくことだと学びました。暴力では何も生まれず、むしろ憎しみや代償を生むだけだと思います。共存していくには受容が大切だ、ただ今の段階では話し合いも何も出来ないんだと感じます。
だからこそ、今できる生活基盤を整えるクラウドファンディングを頑張ろうと思いました。
《友人がウクライナへ》
2週間前、友人がウクライナにいることを耳にしました。出会いはアフリカのモザンビークで行ったワークショップでした。彼は独学でダンスを始め、世界中の孤児院や小学校などで子供たちと踊り笑顔を届けています。
ウクライナでの生活の様子を聞くと、彼はリヴィヴという西側の都市に滞在しており、
「街中はいつも通りに生活している感じだった。ただ毎日空襲警報が鳴ってとても怖い。日常なんだけど、戦時下にいるんだなって思う。街中には負傷した軍人をたくさん見たよ」
私は衝撃を受けました。この令和の時代に空襲警報、街中に負傷した軍人さん。本当に戦時中なのだと感じました。さらに驚いたのは、
「ウクライナって広くて地域によって情報の差が半端ないから、西側の安全な地域にいても届かない」
自分の国で戦争が起きてるのに情報が届かないなんて、とても信じられない気持ちになりました。
そしてさらに驚いたのは“赤紙”のようなシステムが存在することでした。
「ランダムに選ばれた男性は強制的に軍隊へ行かされる。拒否した場合は刑務所か罰金になる」
「軍隊に行かない人は非国民みたいになるし、なんなら海外にいるウクライナ人男性とかも非難されてる」
戦争が始まると自由に生きる権利も人権も奪われてしまうのか……。どうやって軍隊が構成されてるのかなんて考えたこともなかったけど、この話を聞いて震えてしまいました。
戦争は日常を奪い、自由に生きる権利も奪って何もかもを壊していくんだと感じました。
《シェルターの子どもたちを笑顔に》
子どもたちに夢届けるエンターテイナーになるという夢を語る友人に、私たちが支援しているシェルターを紹介することにしました。
リヴィヴから離れた場所にあるシェルターに行ってダンスワークショップを届けてくれました。
シェルターの様子は写真でしか見たことがなかったため、子どもたちがどんな反応をするのか楽しみにしていました。
突然決まったワークショップにも関わらず、フェイスペイントや庭で食事を用意してくれてシェルターに住む人たちも楽しみにしてくれていたことが伝わってきてとても嬉しかったです。
ワークショップ後、子どもたちとの距離はグッと縮まり、笑顔溢れる様子でした。
そして、戦争体験を聞いた友人がワークショップの投稿をしてくれ、それが今の現状だと思うのでシェアします。
【🇺🇦戦時下のウクライナにあるシェルターで踊ってきました】
今日、首都のキーウから電車で5時間西に進んだ場所、Shepetivkaという場所にきました。
先日、僕の友達が紹介してくれたウクライナ人の方が、紹介してくださった施設で、今回は1つの学校とシェルター(避難所のような場所)で踊らせて頂きました。
学校はこの地域の子たちが元々通っている場所なのですが、
ここのシェルターは南や東の激戦区から逃げてきた十数組の家族が住んでいました。
今回は合計60人〜70人くらいの子どもたちと踊らせてもらったのですが、本当に明るくて、元気で、人懐っこい子が多かったのですが、話を聞くと本当に怖く、辛い戦時下にいたのだと感じました。
そしてこのシェルターで、僕のワークショップを主催してくださったあるお母さんから話を伺いました。今からその話を少し共有させてください。
2022年2月24日。
ロシアはウクライナ全土に爆撃を開始しましたが、その最初の爆弾が落ちた地域に住んでた方でした。
あちこちで爆弾が落ち、10歳と12歳の娘と息子がいるお母さんは怖くて震えて、泣いているお子さんを抱きしめ、どこか遠くに逃げようとしました。
すぐに車を走らせ、西の方に向かいましたが、1時間ほど走らせていると、3つ先の車が爆破され、本当に怖い思いをしたそうです。
爆弾やミサイルが降ってくるのを避けながら、ロシアの戦車やロシア軍をたくさん見ながら、なんとか逃げてきた場所がこのShepetivkaという場所でした。
しかし、この地域も8月24日に爆弾が2つ飛んできたみたいで、本当に恐ろしかったと言っていました。
僕は幸いにも空襲警報を聞いただけで砲撃音を聞いたこともミサイルを見たことも戦車も見たことがありません。
本当に現実にそれを経験し、家族を守るために、生きるために逃げてきた人たちの話を聞くと、本当に心が苦しかったです。
またこのシェルターは、古いアパートを何組かの家族で共有しているので、
他の住人と共同キッチン、共同トイレ、共有リビングなどで決してプライバシーが守られてる空間ではないけれど、同じ経験した人たち同士が助け合っていました。
子どもたちはみんなでサッカーしたり、tiktokを撮ったり、筋トレをしながら日常を楽しんでいましたが、この当たり前と思っていた光景は当たり前ではないのを彼らは知っているので、
僕たちが来てすぐにハグをしてくれたり、たくさん話しかけてくれたり、写真撮影をしたり、お別れする時もみんなハグをしてくれました。
そして、
『来てくれてありがとう』と言ってくれました。
彼らにとって僕たちは初めて関わる外国人だったみたいです。
こういう思い出が彼らにとってかけがえのないものになってくれたら嬉しいと思いますし、もう爆弾の音を聞くような生活をしてほしくないなと心から思いました。
《私にできること》
友人から聞いた話はどのニュースよりも身近で、現実を目の前に差し出されたような感覚がありました。私も爆弾の音を聞くような生活をしてほしくない、そう思わせてくれる文章でした。
あと、1週間でクラウドファンディングは終了しますが、友人が作ってくれた子どもたちの笑顔を繋いでいけるよう最後まで出来ることをやり抜きたいと思います。
SWYで相手を受容することの大切さを学び
SWYでウクライナの友人の話を聞いたからこそ、
このクラウドファンディングをし、そのシェルターへ友人を紹介できた。
さらにはクラウドファンディングで少しずつ生活に必要なものが増え、生活が少し豊かになった。
これから冬がくるからその生活を保てるよう、ラスト1週間、寄付をお待ちしてます。
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