[感想20]生殖記
直近の朝井リョウ著作は読んでいたのでこれも早めに購入していたけれど、手早く読んでよかったな、と思うぐらい満足する面白さだった。
『正欲』に続いて打ち出すマイノリティ視点、からさらに突飛な語り手として、性器(生殖に関与する器官)の意思、という概念存在が一人称として物語が展開される。
『コンビニ人間』から広がり始めた、マジョリティからかけ離れた人間の生態に触れる小説として良い話を読めたな、と思った。
語り手の設定が巧いなと思ったのは読み進めてからで、それもこの語り手が宿っている人間のスタンスが極端な現代人思想を体現しているから。
上昇志向もなく、現状維持を望む。趣味嗜好もないので空く時間がなくなることだけを求めて生きているような感じ。
独身を謳歌したいという若年層の究極体のような発想で、異性愛者じゃないっていうのを加味しても、近いうちにはあり得ない人物設定ではなくなる気もしてくる。空く時間をなくしたい、というのも近年ではサブスクでの映像作品消費が一番ピンとくる例えになるな、とは思った。
尚成自身は序盤では食に快楽を見出しているような素振りもあるけれど、食そのものへの欲求というよりも、己を制するための部品としての組み込み方と読み取ったので、やっぱり内面では個人を彩る何かがない人物になってる。
人間視点ではないというのもあるけれど、エッセイのような軽い語り口調で進むのが結構読みやすくて助かった。
300ページ強と長めな方ではあるけれど、一人称視点で喋り言葉を使ったト書きが大半を占めるおかげもあってスラスラ読める。
題材と登場人物の関係から、生物学をはじめとした各学問からの引用もそこまで難し過ぎない形での提示もあるので、全体を通して物語に没入し続けられるラインの難易度だとは思う。
ラストの展開で察するところではある、尚成が辿り着く結論も面白い。
ここは『コンビニ人間』との比較がマストな気はする。今作だと常識から逸した解にたどり着く主人公が、会社という集団に混ざりながら活動を続けている事は明確な差になる。コンビニという、社会に紛れつつも人間とは距離を取れる場所とは違って、どうあがいてもコミュニケーションを迫られる環境下でこの解答を出して吹っ切れたこと、こういった人は徐々に可視化される数が増えていること、いろんなことを加味して厭らしさがより強い結末だなとは思った。
人類の終末への一歩のような話ではあったけれど、当人の足取りは軽い。そういうアンバランスさが面白いんだよね。
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