[感想12]ユートロニカのこちら側

買った理由

小川哲の著書で一番ライトっぽかったから。
『地図と拳』のような鈍器は手軽に持ち歩けないし、ならデビュー作のこれでいいやって感じで。

内容の感想

ディストピアSFとしてあまりにも身近なものを主題として提示されて面食らってしまった。

6つの物語をオムニバス形式で展開されて、主な舞台としてはアメリカ国内に建設されたアガスティア・リゾートという場所で、そこでのルールに関するある事を中心に問いかけられてくる。
て言い方はおかしいんだけれど、方々で言われている致命的な欠陥として「小説としては未熟」というのがある。物語で提示したいことのために人物を動かしていく、所謂作家初心者のあるあるのような要素が強いので文学としては結構苦しい作品になっている。

アガスティア・リゾートではトイレ等のごく一部の場所を除く街中での言動や思考パターンといったものすべてが監視下に置かれ、どれほど模範的な行動をとれるかでランク付けがされる。情報を提供することで報酬を得られる(≒働く必要性がない)上に自身のパターンを学習されているのでそれをもとにした推奨をAIから行われるのもあって選択する必要性すらないので、結果として街ではロボットのように指示に従う人しかいなくなっている。

読んだ感想としては危惧されていること、結末として用意されている住民のゴールとしては概ね同意見のものだったのですんなり飲み込んだうえで楽しめた。細かい設定は練られているし、住民から発せられる言葉のそれぞれが鉛のように重くのしかかってくるほど恐怖心を抱くようなものも多くあった。
特に1章での街に適応していく妻と適応できず問答を繰り返す夫の対比、5章での自由意志に関するメッセージ性は印象深かった。後者は縁のある調布市が出てきたのもあるかもしれない。

監視社会化した世界での自由意志や人間らしさの喪失についての指摘は秀でていて、2020年代の今だからクリティカルに刺さるような人間描写をされているので今読むのがいいタイミングかもしれない。
だけど読むときには物語を楽しむというよりは、人文学をストーリー形式で説明してくれる、youtubeで言うゆっくり解説動画の位置づけされているレベル感のものを読んでるって思ったほうがよさそう。

読後の気持ちよさとかはないけれど、それこそ人文書のそれに近いのでそういうもんだと思って読んでほしい。

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