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がんばりすぎているとき

こんなにがんばってるのに!って、意識が被害者になりやすい時は、疲れているのだなーと思います。

私は自覚のない完璧主義者らしいんですが、確かに手を抜くのはすごく苦手かもしれません。ただ、自分の中の完璧なんて人から見たら穴だらけかもしれないし、そんな狭い視野で世界を見て悩むより適当な方がいろんなことが学べていいのかもしれません。がんばりすぎてると、見えるものも見えなくなります。有り難いことに感謝できなくなり、不満が出ます。傲慢になります。

私は、それでもいいとも思うんです。というか、そういう人も居ていいんじゃないかなって。大事なのはバランスだと思うんですよね。人それぞれに役割があって、全体で上手く調和が取れていればいいというか、そういう人が居てもいいし面白いかなって。

でも、そう言えるのってその傲慢なくらい頑張ってる人に対して、その人のそういうところがいいな…好きだな…って、思ってくれる人がいるから良いことになるので、やっぱり評価するのは自分ではなく自分以外の他者なんだなっていうことになる訳です。

自分がものすごく頑張ってるのに理解されない、気づいてもらえない、誰も相手にしてくれない、助けてくれない、被害者になるのはそういう時です。孤独を感じるのは、そういう時です。

私は母との関係の中で「母は私のことを全く理解してくれない。」と悩んだことがあったんですね。母には私に対する愛情があるんですが、それが私の求めているものと全く違ったのです。母はクリエイティブな人ではなかったので、私の発想とか苦悩とか喜びも楽しみも理解できなくて当然なのですが、幼い頃はそれもわからなくて、ただひたすら頑張り続けるしかなくて、精神的に追い込まれることもたくさんありました。

今の彼氏がそれに関してはかなり理解してくれてる人なので、私は彼と付き合いはじめてからやっと、母に理解してもらえないのがどれだけ苦しかったのか、母と離れられて楽になったか、嫌いじゃないけど無理して一緒にいたのだということに気付きました。ただ、母と過ごした時間もそれはそれでとても大切なもので、母のことが好きな気持ちは確かだし、私が愛されているのも事実だし、でも好きだからこそ、わかってほしかったのだと思います。

がんばるよりも、たのしい!に向かって進んでいけたらいいなぁと思う今日この頃ですが、やっぱりがんばってやらなきゃいけないことは目の前にたくさんあるから、少しずつやりこなしていけたらと思います。

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