どちら様ですか?そにっくなーすです。
そにっくなーすです。
この名前は学生時代にいろんな音楽を聴きたい欲があって新宿TSUTAYAでなんでも借りまくってた時に、偶然見つけたSONIC YOUTH のSONIC NURSEというアルバムタイトルからきています。
なんか流行ってるらしいしTwitter始めよーっと思った時に、軽率につけた名前だったのでまさかこんな風に活動名にするとはおもわなかったです。この名前がついたときは活動とか何もしていなかったどころか、ギターもさわれないような人でした。詩や小説は書いていたけれど、べつの名前でやっていたし。(詩は「ぴいなつ」として、小説は昔のPN覚えていないですが、大学あたりから「ひのはらみめい」でした)
Twitter始めてわりとまもなくくらいに、Twitterで見つけたインディーズバンドに触発されてライブをよく見に行くようになりました。ライブで輝いている人は遠い存在で、憧れでした。うらやましさがたまりにたまったある時、死んだ母から「絶対にさわるな」と言われていた母のストラトキャスターを、誘惑に負けてついさわってしまったことから音楽活動がはじまりました。
当時働いていた病棟でライブをすることからはじまりました。それと前後して、一人暮らしを始めて自由になったことをきっかけに大宮はヒソミネさんにオリジナル曲を送り、ライブをし始めました。遠かったけれど2か月に1回くらいは行ってたかな。それが2014年くらいのころだった気がします。ヒソミネさんでライブをはじめたあたりで、ポエトリーにも手を出し始めます。ギタリストのみっきーさんに教えてもらった「もがくひと」のRutaさんに出会って、彼に師事したことで、ポエトリーリーディングの世界に足を踏み入れました。
ミニシアターでひとりで映画を見るのが好きで、それつながりでTwitter内で仲良くなった友達の影響で文学フリマに出ました。売るに値するような分量の小説を書いたり本をつくったりできるほどのアレがなかったんですが、ただモテたいという気持ちだけで、よく恋や音楽の話できゃーきゃーやってた別の友達と(その人もTwitterで知り合った人)アンソロジー形式で本を作りました。居酒屋でうきうきしながら、ネーミングはひととおりソニックユース関連にしたいからサークル名を酔っ払いバタフライにしよう!(Drunken Butterflyという曲名からとっています)とか言って文字通り酔った勢いで申し込んだのを覚えています。
文学フリマに出だしたあたりと、ライブに出だしたあたりは多分同じくらいだったと思います。一気に動き出した感じでした。今までくすぶっていたことがバーンと暴発したような、そんな感じでした。
家庭の事情で、やりたいことはほとんどやれなかったから、反動が来たんだと思います。家庭の事情に関してはあめぶろで死ぬほど書いているけれど、いつかnoteにも簡単に書くかなあ。
そんなに心身が強くないのにやたらと動き回ったせいであの頃は大変だった気がします。ガーっと動いて、しばらくしてからツケがきてまったく動けなくなっての繰り返し。でも平均台の上をふらふらしているみたいに微妙なバランスで生きていたし、不思議なもので今もじょうぶで生きています。
しばらく弾き語り(オリジナル曲を歌ったり、詩を朗読しながらギターを弾く。)とポエトリーリーディング(ステージ上で自作のテキストを読む。)と詩作と小説書き、本づくりを活動のメインにして、月に1~4回ライブに出ていました。年に2回の文学フリマ東京に出ること、9月の文学フリマ大阪に出ることが楽しみで、アンソロジーを企画しては本をつくり、個人誌は2年に1回くらいつくったりしていました。代表作となる「グランジナースの死」は、300部以上は売ったかな……増刷を何度も何度も繰り返したので覚えていません。ほかの人は知りませんがわたし史上ではベストセラーです。作れば作るほど売れるおりこうさん本です。いろんな人に出会い、たくさんの面白い本を知り、協力してくれる人に出会って、仲良くしてもらって今のわたしの創作スタイルがあります。人に頼りすぎて自分ではほとんどなにもしなくなりましたwみんなわたしみたいになっちゃだめだよ。
こんな感じで自己紹介になるんでしょうか。
何やってる人かくらいはわかってもらえたでしょうか。
あ、好きな作家はジョルジュ・バタイユ様です。
小説とポエトリーリーディング始めたきっかけは明日の記事で書くね。
何か知りたいことあったら気軽にコメントしてくださいね。
Twitterからでもだいじょうぶです。
いつも読んでくださってありがとうございます。