レトロ浪漫に魅せられて
薄曇りの空の下、根津駅に降り立ったウサギとカメは、言問通りをゆっくり歩き始めた。弥生式土器発掘の碑を過ぎ、緩やかな暗闇坂を下っていくと、弥生美術館が現れた。
レトロな香りが漂う美術館で待っていたのは、和モダンの雰囲気に満ちた憂いを帯びた女性が描かれた「マツオヒロミ」の作品だった。
「そう、この絵よ。初めて図書館で見たときに心に強く残ったの。まるで時間が溶け合っているみたいな不思議な魅力があるの」と、ウサギはそっと囁いた。
「百貨店ワルツは、二十世紀初頭のデパート『三紅百貨店』が舞台なのね。1階から6階まで各売り場の様子を紹介しているわ。100年前はこんな感じだったのかしらね」
「マガジンロンドは、創刊100周年を迎える女性誌『RONDO』という設定で、それぞれの時代を彩ってきたファッションを記事風に描いているのね」
「最新作『マイ ガーランド』のテーマはランジェリーだわ。ランジェリーショップ「My Garland」を舞台に、1900年代初頭からのランジェリーの変遷を描いているのね」
レトロ浪漫の世界に一人浸っていたウサギは、ふと我に返って隣を見た。そこには、無言のカメが静かに立ち尽くしていた。
「ごめんね。作品の世界に没頭していて、あなたのこと、すっかり忘れていたわ」とウサギは申し訳なさそうに言った。
カメは少し恥ずかしそうに頭をかき、「あ、ウサギさん。この世界にすっかり夢中になっていて、君のことを忘れていたよ」と笑った。
二人は互いに微笑み合い、再び展示物に目を向けた。それぞれが自分のペースで、このレトロ浪漫の世界を楽しんでいた。