私たちは正義の味方
その日、ウサギは図書館の分類番号366.2「労働力・雇用」の書架の前を、何か考え込むように行ったり来たりしていた。近づく足音に気づいて顔を上げると、ちょうど歩いてきたカメと目が合った。
「私、女子アナになってみようかしら?」
ウサギが、のぞき込むように見上げると、カメは一瞬言葉を失ったものの、すぐに落ち着いた様子で口を開いた。
「それならいい場所があるよ」
カメのその一言に、ウサギは子どもみたいに笑顔をはじけさせた。
「ここでは、アナウンサーの体験ができるんだよ。ほら、あそこのニューススタジオで試してごらん」カメの言葉に背中を押され、ウサギは少し戸惑いながら、ニュース原稿を手に取った。
ぎこちない足取りでスタジオに一歩踏み入れると、眩しいスポットライトが四方から降り注ぎ、ウサギは思わず目を細めた。
「え、えっと…次のニュースです。お、お正月を迎え、各地の神社では、は、初詣客で賑わっています…。ああ、ダメだわ。緊張してきちゃった…!」
「ちょっと、頭を冷やしてくるわ…」
肩を落としながら歩き出す彼女の背中を、カメは何も言わずに、ただ静かに見送った。
カメが一人で立ち尽くしていると、不意にウサギの弾むような声が響いた。
「ちょっと、こっちに来て!」
驚いたカメが駆けつけると、そこはまるで「あぶない刑事」の世界だった。テレビの中に飛び込んだかのような光景に、彼は思わず息を呑んだ。
「私、タカとユウジみたいになるって決めたの! スタジオで原稿を読むより、きっとずっと面白いわ!」ウサギの顔には、いつもの明るい笑顔が輝いていた。
「よかった…。もし女子アナになって人気者になったら、どうしようかと思ったよ…」 カメのつぶやきは、誰にも気づかれないまま消えていった。
そんなカメの気持ちも知らずに、ウサギは人差し指を伸ばして指鉄砲を作ると、振り向きざま、カメに狙いを定めて「バン!」と小さく声をあげた。
「相棒が必要なの。私はユウジ役だから、あなたはタカ役でお願いね。私たちは正義の味方。一緒に世界の平和を守りましょ!」
「もちろん、一人で危険な目になんか遭わせないさ」カメは優しく微笑みながら、指鉄砲を構えてみせた。