手を伸ばせば きっと届く
夏の強い陽射しが窓際の席を照らす図書館で、ウサギは一人、本に夢中になっていた。彼女の視線はページから離れず、本の世界に引き込まれていくその姿は、まるでその物語の一部のようだった。
その絵本は、どうしても月と遊びたいモニカのために、長いハシゴを持ったパパが、お月さまを取りにいくというお話だった。
「いいなあ。私もお月さまが欲しいわ」と、ウサギが思わず口にすると、偶然近くを歩いていたカメが静かに振り返った。
「それなら、お月さまを取りに行こうよ」
言葉を失った彼女の手を取り、カメはゆっくりと駅に向かって歩き始めた。見上げれば夜の帳が静かに降り、空では星たちが目を覚まし始めていた。
二人は渋谷スクランブルスクエアの45階に辿り着いた。目の前に広がる夜景は、まるで宝石箱をひっくり返したように煌めいていた。
長い廊下に目を向けると、「夏祭」と書かれた提灯がふわりと宙に浮いていた。
「夏祭りなのね!」ウサギは声を弾ませ、嬉しそうにカメに振り返った。
ルーフトップに出ると、薄暗い空間に映える夜景が一層鮮やかになった。
SKY STAGE では、レーザービームが空を舞い、その光は二人を未来の時空へと誘うかのように見えた。
「ほら見てごらん、月に手が届きそうだよ」
カメがそっと空を指さした。
ハシゴがあれば、本当に手が届きそうね」
ウサギが月を見上げながら囁いた。
「月まで届くハシゴは心の中で作るんだ」
カメはそっと自分の胸に手を当てた。
二人は静かな一角に腰を下ろし、じっとお月様を見つめた。そして心の中で長いハシゴを組み立てると、一歩一歩、月に向かって登り始めた。
月の光が二人の心を優しく包み込み、夢の世界へと一歩ずつ導いていく。静かな夜に、特別な時間がゆっくりと流れていた。
※パパ、お月さまとって
エリック・カール 作/
もり ひさし・訳/偕成社
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