鎌倉の山道を越えて
その日、ウサギとカメは、そっと北鎌倉駅に降り立った。「この駅は他の駅とどこか雰囲気が違うわね」とウサギが辺りを見渡しながら言った。「この場所はもともと円覚寺の敷地なんだ。つまり、駅が境内の中にあるわけだね」とカメは静かに説明した。
二人がゆっくりと歩を進めると、まもなく鎌倉五山の第四位に数えられる浄智寺に到着した。苔むした石段の向こうには、最初の門がそっと二人を見下ろしていた。カメはそこに刻まれた言葉を指差しながら話し始めた。
「寳所在近という言葉は、身の回りにある宝のような真理を見つけて先に進もうという意味なんだ。まるで僕たちに語りかけているようだね」
境内を静かに巡る二人の足音が、時折、風にさらわれていった。やがて、二人は七福神の一つ、布袋様を見つけた。ウサギはその丸々としたお腹をそっと撫でた。
脇道を抜け、二人はゆるやかに上り始める山道に足を踏み入れた。木々の間から漏れる光が、二人を優しく照らしていた。
山道を進む二人の足元は、前夜の雨でぬかるんでいた。木の根が道を不規則に隆起させ、二人の行く手を阻む。しかし、その厳しさを和らげるかのように、近くの木々からはウグイスの清らかな声が聞こえてくる。
「ねえ、聞いて。一句できたの」とウサギが言った。
鳴くのなら 一緒に歌おう ホトトギス
彼女は小さく微笑んだ。「どうかしら? 」
「ここにいるのはウグイスのようだけど…。でも、元気が出てきたよ」とカメは言った。
やがて木々に塞がれていた視界がはれると、葛原岡神社が目の前に現れた。
ウサギは鳥居をくぐると、「あら?こんなところに恋みくじがあるわ」と、小さく歓声をあげた。「これがウサギさんの元気の源だったんだね」カメは静かに笑った。
ウサギはそっとおみくじを引いた。