くいしんぼうさぎ
その日、ウサギはいつものように図書館の閲覧席でカメの背中を見つけた。本を読んでいるはずなのに、どこか様子が変だ。よく見てみると、彼はくすくすと肩を震わせていた。
ウサギは、何がそんなに面白いのだろうと、カメの背中越しにそっと本を覗き込んだ。すると、本のページには、まるまると太った「うさぎ」が描かれていた。
カメは何かを感じ取ったのか、ふいに振り返った。ウサギと目が合うと、彼は驚いたように本をぱたんと閉じ、あわててその表紙を両手で隠した。
「その本、ちょっと見せてくれる?」ウサギが穏やかに声をかけると、カメは一瞬だけ目を泳がせたが、静かに本を差し出した。そうすることが当然であるかのように。
「くいしんぼうさぎ?」ウサギは表紙に目を落とし、ゆっくりとカメに視線を移した。「なかなか面白いタイトルね…」声が少し裏返りながらも、彼女はページをめくり始めた。
食欲の秋だからだろうか。本の中の「うさぎ」は何でもかんでも食べてしまう。カバよりも、象よりも食べ続けていると、気づけば「うさぎ」の足元に大きな穴が開いていた。
「うさぎ」はそのまま、すとんと地面を抜けて、どこまでも落ちていく。「おや!地面からうさぎが生えた」地球の裏側にいたおじさんが驚きの声をあげていた。
ウサギは表情を変えずに、ただ静かにページをめくり続けた。まるで、感情がどこか遠くに置き去りにされているかのように。
やがてウサギは、ぱたんと静かに本を閉じ、ふと何かを思い出したかのようにカメの方に視線を送った。そして突然、ふわりと微笑みながら、「これだわ!」と声をあげた。
「今すぐ外国に行く方法を見つけたわ。たくさん食べて、穴に落ちればいいのね!」彼女の瞳は、まるで無邪気な子どものようにキラキラと輝いていた。
思いもよらないウサギの反応に、カメは何も言えずに固まってしまった。どう反応すればいいのか、全くわからない。ただ静かに、カメは途方に暮れていた。
<くいしんぼうさぎ>
せな けいこ・作/ポプラ社