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はたらきもののじょせつしゃ けいてぃー

その日、ウサギはベランダにひとり佇み、冷えた手すりに触れながら、遠く離れた雪国の景色をぼんやりと思い浮かべていた。

この辺りでは滅多に雪が降ることはないけれど、もし降ったなら、子どもの頃に戻ったような気分で思わずはしゃいでしまう。そんな自分の姿が、ありありと目に浮かんだ。

「寒い」と呟きながら部屋に戻ったウサギは、お気に入りのマグカップに熱い紅茶を注いだ。ふんわりと立ち上る甘い湯気をのんびり眺めながら、そっとカップを両手で包み込んでみる。

「でも、もし雪がずっと降り続けたら、きっとこんなふうになるのよね」そう呟いた彼女は、そっと小さな本棚に手を伸ばし、一冊の絵本を取り出した。物語は、雨が雪に変わる瞬間から、静かに幕を開けた。

雪がずっと降り続いている。あちこちに吹き溜まりができ、積雪は30センチ、そして60センチと増えていく。雪は、まるで止むことを忘れたかのように降り続いていた。

雪は2階の窓の高さまで積もり、街はすっかり動きを失ってしまった。でも、耳を澄ませてみると、「ちやっ、ちやっ、ちやっ」という軽快な音が聞こえてくる。そう、「けいてぃー」の出番がやってきたのだ。

「けいてぃーは、立ち往生している人たちを次々と助けていくの。街を守る警察官や、倒れた電柱を直す電話局の人たち、破裂した水道管を修理する水道局の人たちまで...」

「真っ白な雪の中で、独りで街を救う『けいてぃー』は、子どもの頃の私にとってヒーローだったの。こんなふうになりたいなって、ずっと憧れていたわ...」

ウサギは紅茶を一口飲み、そっと窓の外に目を向けた。今にも泣き出しそうな空が、何かを言いたそうに、ただ静かにこちらを見返している。

「降り出したら、雪になりそうね...」

ウサギは、閉じた本の表紙に視線を戻し、小さな声でそっと願いを唱えた。
「もし大雪になったら、『けいてぃー』がこの街も助けてくれますように…」

その瞬間、「任せて!」という、けいてぃーの声が小さく耳元で響いたような気がした。その声は、雪を蹴散らすような力強さで、彼女の胸にまっすぐ飛び込んでいった。

<けいてぃー はたらきもののじょせつしゃ>
ばーじにあ・りー・ばーとん 文と絵/いしい ももこ・訳/福音館書店

バージニア・リー・バートンの本

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