「フェイクニュースの見分け方」を読む
ドラマチックな空だ。
畏るべきものを思い出させてくれるような空。
山の緑が、これ以上濃い緑になれません、くらいに
濃い。黒に近い。もうすぐ秋が来る。
コオロギは、盆から鳴いている。
hatenaで紹介してたひとの評を読んで、購入。
「フェイクニュースの見分け方」
新潮新書、烏賀陽 弘道著。うがやと読む。
2017ころに出た本なので、スルーしてたが
情熱的で、読みごたえのある勉強になる本だった。
元新聞記者であり今なぜ報道がこんなに落ちぶれたか
内情にも詳しい。
まず「発信者氏名・主語が不明の記事は捨てろ」と言う。
手厳しいが、重要で緊急なニュース、例えばウイルス騒動を
考えてみると正しい。精査する時間がないならば
怪しいものはどんどん捨てて次をあたるべきだ。
「何の専門家なのか調べろ」も同様。
烏賀陽氏は福島原発事故に詳しく、当時の報道事例を挙げ
テレビ局やマスコミの裏事情を分かり易く紹介。
以前『科学とオカルト』感想でも書いたが現代科学は
分野がとても細分化されていて専門家同士でも互いを評価
することが難しい。よって私たち一般人が調べるのは困難
だが、amazonで著作歴をあたるだけでも見当はつく、と。
私にもその習慣がある。
“あんた誰?”ってときは取り敢えずamazonの書籍ページへ
行く。この本を紹介してたhatenaブロガーのひとも
そうしてた、と書いていてちょっと嬉しい。
一般市民は肩書きにビビるが、そこで負けてはいけない。
医学博士も、報道記者もピンキリなのだ。
どこの誰かが確定しても、
「論拠・データなきただのオピニオン(意見) は捨てろ」
「専門家であっても利害や立場で発言する事例あり」
「まだ科学では分からないのです、と言いたがらない」
「言わない部分・書かない部分に注目すべき」
と烏賀陽氏は容赦ない。
プロの記者、プロ編集者は何をチェックし、
どんな“ふるい”を持っているのかを教えてくれる。
ふるいにかけてゴミを取り除く。
ゴミのために右往左往する余裕はない。
疲れた。つづく。