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Re: 【超超短編小説】夏

 銀色のキッチンに置かれたバナナは黒ずんでいた。
 窓の外を徘徊する夏の気配がうるさい。
 窓の隙間からこの部屋に押し入ろうとしているのがわかる。
 もしかしたら既にこの部屋には夏が入り込んでいて、だからバナナは黒くなっているのかも知れない。

 いまなバナナを食べる気にはならない。
 でもきょう食べてしまわないと、もう駄目かも知れない。
 青いまま収穫されて船で長旅をしたのに、放置されて黒くなったからって異国の地で食べられもせずに捨てられるバナナの気持ちを考えると、生きる気力が萎えてくる。
 買って、すみません。

 しかし、バナナを食べようにもいまは冷蔵庫に牛乳が無い。
 バナナを食べるには牛乳が必要なのだ。
 そして窓の外には夏が徘徊しており、スーパーやコンビニまで行くのにも命取りになりかねない。

 外には夏にやられてバナナの様に黒くなった死体が累々と重なっているのだ。
 彼らは夏を侮った。
 そして死んだ。
 夏は誰にでも等しく訪れる。
 夏は絶対だ。

 部屋の窓を覆う遮光遮熱カーテンの隙間から夏がこちらを覗き見る。
 俺は目を合わせないように俯きながら、洗濯ばさみでカーテンの隙間を閉じる。すると夏は、すばやく建物の反対側にある窓まで回り込む。
 遮光遮熱カーテン代わりに張り付けた段ボールの向こう側に、濃厚な夏の気配を感じる。

 バナナがゆっくりと、夏に食われていくのを、俺はただ、見ていた。

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にじむラ
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