【超短編小説】さかな天国
95%オフの金目鯛を手に持ったまま、この魚をどう活用するか悩んでいた。
妻はおれを見るなり、そんなものは早く棚に戻せと言った。
「どうせ煮付けにするんでしょう」
金目鯛の煮付け、それの何が不満なのか。
刺身は無理だもしても、捨て値の様な値段で金目鯛の煮付けを食べられる方が良いでは無いか。
おれは唇を尖らせてその旨を伝えたが、妻は鼻で嗤うとおれの手から金目鯛のパックを取り上げて棚に戻してしまった。
「あなたはすぐに爆発させる癖があるから」
いまにもスーパーの陳列棚に並ぶ色とりどりの魚介類を爆発させようとしていた。
何なら客さえも爆発させて、その肉片が陳列棚に降り積もるのを見て気を紛らわせようとすらしていたが、先にそう言われてしまうと立つ瀬が無い。
おれは素直に妻に従う事にした。
「アイスを買ってあげるから」
と微笑む妻を見て、それならやはり95%オフになった金目鯛を買った方が安いでは無いかと言いかけて口を噤んだ。
そうだ、冷蔵庫にスペースが無いのだ。
ぎっちりと詰まった冷蔵庫を思い出す。
「あら、ちょっと」
妻はおれの額に手を伸ばして、生え際の辺りを爪でかりかりと搔いた。
するとおれの顔面の皮は上半分がぺろりと剥がれてしまった。
「少し黄色いわね」
妻はそう言うと皮を元に戻して押しつけるように指で押さえた。
おれは冷蔵庫の中を思い出しながら、少し食べ過ぎてしまっただろうかと思い、それから全てを爆発させた。
「ほらね」
爆発した妻の肉片が言う。
全くその通りだ、おれの肉片が答える。
振動しながら低く唸る保冷陳列棚の中でおれと妻は重なり合っているが、手に取るものはいない。なぜなら爆発しているからだ。
やがて意識が遠ざかり、妻が買ってくれると言ったアイスはどれにするべきだったかを考えながら、その魅惑的な群青色の中に、意識は、とけて、ちった。