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Re: 【超超短編小説】うなぎ

 新陳代謝の悪い職場から帰宅する時は気をつけなければならない。学校に馴染めな買った奴は会社にも馴染めない。いずれ孤独を喉に詰まらせる。
 おれがそうだ。
 首を寝違えた時はさらに気をつける。
 逢い魔が時と言うのは労働を終えた後に沸き起こるタナトスが発生しやすい時間の事を意味しているからだ。
 今夜がそうだ。

 おれは慎重にバイクを運転していた。
 だがサイドミラーを鉄の河馬にぶつけたので慌てて逃げた。もしかしたらそれは事故なのかも知れない。
 でも肩がぶつかる程度の話かも知れない。
 おれはバイクを路地裏に停めて歩くことにした。誰もおれを追いかけてこなかった。

 ビルの窓に当たって跳ね返された夜明けの太陽は、甲州街道に横断歩道の様な縞模様を落としていた。
 おれは左右を確認してからその仮想横断歩道を横切って渡った。
 だけどおれの影は轢かれてしまった。
 だからおれは明日を有給にしようと検討をしながらアパートの階段を登った。
 影が轢かれたら誰だってそうするからだ。

 アパートの細長い廊下に人影が見えた。
 それは隣の部屋に住んでいる女子大生だった。彼女は恋人を半分ほど飲み込んだ状態で立っていた。
 口から飛び出た恋人と思しき人体の脚部は微動だにせず、彼女は少しずつゆっくりと、だが確実に飲み込んでいた。

 おれは軽く頭を下げて挨拶をすると、女子大生も少し頭を下げた。
 その拍子に彼女の恋人はすこし口から出てしまったので、おれはお構いなくと言って部屋のドアを開ける。
 サムターンが回りドアが開く。
 消し忘れた光が溢れる。光あれ。

 おれはドアを閉めながら彼女の口から出てきた恋人が何か文句を言うのを聴いていた。
 何を言っていたかは知らない。
 だけどあとで人事部に、ひとを飲む癖がある女子大生の採用についてメールを出しておこうと思った。
 新陳代謝の悪い職場では特に気をつけなきゃならないからだ。

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にじむラ
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