【短編小説】先延ばし
木の枝を咥えた犬が得意げになって歩いている。
隣を歩く同種の犬が横取りしようとしたが、なかなか上手くいかない。
まるで人間の少年たちみたいな微笑ましい様子を見て思わず犬を飼おうかなどと考える。
「寒くないか」
「まだ平気だけど、暖かい飲み物が欲しいな」
午後三時の太陽は既に心もとなく、なんとも眠たげな光を公園の池に垂らしていた。
自動販売機で暖かいお茶を買う。
ほんの少し先の約束。
それはすぐに冷えてしまうかも知れないけれど、その時はその時だ。
どうせ自分たちには未来が無いのだ。
どれほどの長さがあるとも知れない突堤を歩くだけ。それはとても長い可能性だってあるし、唐突に終わる可能性だってある。
長い、とても長い夕暮れだ。
その突堤は何にも照らされず、ただその薄暗い群青色をした空の下に伸びる突堤をゆっくりと歩くだけだ。
厭になったら、歩くのを止めたらいいさ。
そう言って笑うが、果たして君は納得しているだろうか。
「俺が歩けなくなったら、その時は俺に繋がっているケーブルを抜いたら電源を切ったりしてくれよ」
「約束しかねるわ」
「それでも仕方ないけれど、やってくれると助かるな」
「助かるのはあなたであって、私は、救われないもの」
「そうだね」
それが寂しい顔なのか、つまらない顔なのか判断しかねた。
お茶はすでに冷め始めているだろう。
君が歩けなくなったら、俺はどうするだろうか。
君に接続されているケーブルを抜いたり、電源を切ったりするだろうか。
少なくとも、今日ならおぶって帰ることができる。
公園の池はきっと浅いから具合が良くない。
俺たちが歩いている大きな公園に集まった数々の犬たちはとても嬉しそうで、どの犬も嬉しそうに尻尾を振っていた。
週末の大型スーパーではしゃぎ回る子どもたちにもよく似ている。家も、いつものスーパーも退屈だ。
きっと犬たちだって普段の散歩道より楽しいのだ。いつもの散歩なら歩くのが厭になったりもするけれど、今日は違うだろう。
夢。未来。美しい朝日。
望むべくもないそれら。個人的な事情。
突堤を延長させて朝日を臨むなんて言うのは身勝手な話だ。こちらの勝手で顔を出されられる朝日の方はたまったものじゃない。
「それでも、幸福な瞬間は存在するってあなたは言ったじゃない」
「その光があるから、陰鬱な影の色だって濃く深くなるんだよ」
そしてその影が自分の存在と言うせいだと識っていたら、ますます濃く深い影になる。
「その太陽が欲しくて仕方ない人たちもいる。治療を頑張ったり、誘拐したり」
「そこまで欲しいものなの?」
「そう言う人たちもいる。そうじゃない人たちもいる」
「そうね」
「キリスト教の偉い神父さんは、子どものいない俺たちみたいなカップルは犬や猫を飼うべきじゃないって言ってたみたいだよ」
「満たされてしまうから?」
「そう、犬や猫が太陽になってしまうから」
「そうね」
でも犬や猫は俺を恨んだりしない。
俺の細胞に関係が無いからだ。
「まぁ、何も性急に決めることじゃないか」
「うん」
その顔は緊張から解放されたからなのか、倦怠から抜け出たからなのか。
少なくとも午後三時の太陽よりは明るく、綺麗に光って見えた。
「今日のところは帰ろうか」
別の自動販売機で、また暖かいお茶を買えば良い。
そうやって少しずつ突堤を伸ばしていけば良いんだ。