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Re: 【短編小説】ママ!!
「ママ見て!」
自分の丈ほどもある大きな蝶々の羽飾りを背負った幼女が、ママ友と談笑する自分の母親を読ぶと、近くにあったベンチによじ登った。
母親は幼女に笑いながら手を振って、「見ているよ」と言った。そしてそれが幼女にかけた最後の言葉だった。
蝶の羽飾りを背負った幼女はベンチの上から勢いよくジャンプすると、そのまま天高く飛び上がっていった。
「ママ見て!」
跳躍した初速を落とすことなく幼女は飛び続けていた。
母親の手はメトロノーム的に揺れていたが、その顔は空を飛ぶ娘を向いておらず、ママ友との談笑に没入していた。
幼女は上空10mほどまで飛び上がると、大きな円を描くように旋回して、素早く急降下したり急上昇したりした。
「ママ見て!」
幼女はそう叫ぶと、”立ち入り禁止”の看板を無視して花壇に入ってはクンクンと鼻を鳴らして薔薇の匂いを嗅ぐ老人たちを、背中の羽飾りで引き裂いたのだ。
幼女はまるで本物の蝶々が飛ぶように、くるくる、ゆらゆらと飛び回り、余暇を愉しむ老人たちを音もなく切り裂いていった。
ある老人は首を、ある老人は腰から上下を、ある老人は頭から左右に、またある老人は前後に引き裂かれた。
「ママ見て!」
幼女は自慢げに母親を呼んでみた。
母親は手を振りながら笑っていたが、やはり、その顔は娘を向いていなかった。
辺りには鉄の匂いが広がったので、母親は振る手を止めて鼻に当てた。
花壇に咲き誇っていた薔薇の、花も茎もあらかた赤くしてしまうと、幼女は再び高く飛び上がっていった。
「ママ見て!」
幼女が母親を呼ぶ声は聞こえない。母親は鼻に手を押し当てたまま、談笑を続けていた。
それからしばらくの間、幼女は上空を飛んだは老人たちを切り裂いていったので、公園からは老人たちがいなくなってしまった。
だから花壇の土は柔らかくなり、薔薇はそれぞれの色を取り戻した。
「ママ見て!」
幼女は小学生になり、中学生になり、高校生になった。
それに比例して、背中の羽飾りは大きく、美しくなった。
母親は少し老けたように見えたが、やはり談笑が途切れることは無かった。
少女は休むことなく飛び続けていた。
ピカピカと光るスニーカーはいつしか茶色いローファーになり、キャラクター物の靴下は紺色のハイソックスになった。
水色のドレスは、チェック柄のスカートと白いブラウス、そしてクリーム色のニットベストになった。
「ママ見て!」
少女の下にはその鱗粉を浴びようと集まった男たちが折り重なる様にして斃れていた。
だから公園からは男たちがいなくなった。
何故なら男たちは根を失ったしまうのが厭だったからだ。
「ママ見て!」
少女は容赦しなかった。
それでも集まってくる間抜けな男たちを切り裂いては、花壇の養分にしてしまった。
母親が土気色をした肉体になり、骨に皮が垂れ下がり始めたころ、ようやく少女は飛ぶのをやめた。
「ママ、見て」
少女が苦しげに息を吐きながら開いた股の間から、噴水の様な血飛沫が飛んだ。
その血飛沫は高くあがった。
色の濃い血飛沫は遠くからもよく見えた。
そうしてその血飛沫で空を切り裂いた少女は、春が終わる前にこの世界から旅立って行った。
「ママ」
母親は、ゆっくりと手を振ると、少女の飛翔によって産まれた風に、粉と砕けて、光を残したまま、消えた。
少女は股の間から出る血飛沫で大地を切り裂きながら飛び続けて、やがて見えなくなると、ゆっくりとした音で、世界に終わりがきたのだった。
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