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【短編小説】

 自分以外に誰もいなくなった倉庫の内線電話が鳴りっぱなしになっている。
 自分の担当部署では無い。
 そして鳴り続ける内線電話の担当はしばらく姿を見ていない。
 電話を鳴らし続ける方もどうかと思う。
 しかし。
 いわるゆサンクコストバイアスとでも言うのか、またはマーフィーの法則になるのか、切った瞬間に相手が出ると言うことを考えるともう切れないのだろう。


 それはそれで良いとして、それでも内線電話は鳴り続けている。
 そして俺は作業の合間で手隙である。
 全く別部署、別の担当である俺が代わりに応対して事態が1ミリたりとも進まないのは、この椅子から立ち上がらずともわかる。
 つまり、俺の出る幕では無い。
 しかし1コール毎に社会人としての尊厳を地味に削ってかかる内線電話を俺はいつまで無視し続けるのか。
 電話を掛ける側よりも、誰か出てくれと俺の方が願って止まないのも確かだ。


 別に俺が代わりに出るのはやぶさかでは無い。何も椅子から立ち上がる労力が惜しい訳でも無い。
 だがそれをしてまで、既に分かりきっている事を相手に伝える必要があるのか、それが分からない。
 そもそも出るにあたってどの様な態度を取るべきかが分からない。まず相手より先に怒りを露発させて然るべきなのだろうが、その加減と言うのも難しい。


 目の前に山と積まれた包装紙と空箱を目の前にしてしばし考える。
 斜め包みの練習をしていたが飽きてしまった。何回やっても上手くできない。そのフラストレーションを誰かにぶつけたいのは確かだ。
 繰り返し折り曲げられた包装紙はちりめん織のようになっている。こうなると流石にもう商品には使えない。俺は会社から時給を貰いつつ
会社に利益を出すどころか損益を出している。
 その補填は他の誰かが作った売り上げだ。

 他人にぶら下がって生きる、と言う事実。
 
 電話は鳴り止まない。
 八つ当たりとして電話に出て第一声で「誰もいねぇよ!」と絶叫してガチャ切りするのもアリだ。
 目の前に或る包装紙がゆっくりと折り目を緩めて伸びていく。
 むかし勤めたコンビニでソフトクリームの練習を繰り返した事を思い出す。
 ソフトコーンの上に鎮座する曲がったソフトクリームを、店長のババアはソフトクリームマシンに戻していた。個体から液体に還るソフトクリーム。俺は繰り返し練習する。

 俺は何だか分からなくなり包装紙で首を括った。
 内線電話は途切れる事なく鳴り続けていた。
 

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